あるいは裏切りという名の犬

(2004年 / フランス)

パリ警視庁のふたりの警視、正義感あふれるレオと野心家のドニ。どうしても出世したいドニは、レオが指揮をとる現金強奪事件の捜査に無理やり入ってくる。そんなときレオは情報屋に騙され、殺しのアリバイの片棒を担がされてしまう。

ダニエル・オートゥイユという名の楽しみ

あるいは裏切りという名の犬

大学3年になった頃から、とある大手運送会社にて夜勤のアルバイトを始めました。時間に余裕のある大学生だったから、あらゆる職種の中から選択が可能だったわけですが、荷物の仕分けという地味で埃だらけになる仕事、それも夜勤という華やかでもなんでもない業態を選んだのは、単に実入りがよかったからです。繁忙期を除けば仕事はそれほどきつくはなかったし、一度にアルバイトを大量募集するためシフトの組み方も自由だったので、頑張れば月20万近くは稼げました。学生にとってはコンビニや飲食店などで働くより、ずいぶんと割の良いバイトだったわけです。

学業をしつつ(それほど熱心ではありませんでしたが)お金を稼ごうと思った動機は、もちろん、仕送りをしてくれる親にこれ以上頼りたくなかったということです。ですが、極貧だった学生生活を通じてお金の大切さを知り、その大切なお金を得るためには何かを犠牲にしてでも働かなければならないという自覚が生じてきたこともその一因だったと思います。満たされた学生生活ではありませんでしたが、自立心の萌芽という意味でも極貧の一人暮らしは大きな経験だったと感じています。

そうはいっても、夜勤は辛かったです。何が辛いって、仕事帰りのサラリーマンが家路に急ぐ頃に出動し、彼らが朝出勤するときに反対方向行きの電車に乗って帰宅するということ。夜勤という形態上、当然といえば当然のことなのですが、大勢の人とは逆の方向に進んでいくことに、何か取り残されたような、置き去りにされたような寂寥感を募らせていたことは事実です。人とすれ違ってばかりで、意気投合とか一致団結する接点を見いだせない。どこか当時の(いまもそうですが)自分自身がだぶって見え、物思いに耽るたびに重い溜息をついていたのでした。

そんな僕を慰めてくれたのが、自宅アパート近くの駅前のコンビニで売っていたメロンパンでした。夜勤明けのある朝、空腹を満たそうと入ったコンビニで何気なく手にとって見たらツボにハマってしまい、それ以来、帰宅前のささやかな楽しみとなりました。このメロンパン、中にカスタードクリームが入っているということ以外、特別焼き方に凝っているとか生地の食感が絶品だとかということはなく、工場で大量生産された、100円くらいのごく普通の菓子パンでした。シフトを入れている日は夕方5時くらいになると憂鬱になり始め、8時過ぎに重い足を引きずりながらバイトに向かうのですが、終わって帰ってくる電車の中では心の中でほのかに輝く暖かい光がありました。「誰も知らない、自分だけの楽しみ」。いつしか、このメロンパンを食べるためだけにバイトに行くようになっていました。

この映画の主人公を演じたダニエル・オートゥイユというフランス人俳優は、僕にとってまさに夜勤明けのメロンパンのような人です。誰も知らない、自分だけの楽しみ。本国フランスでは知らぬ人のいない代表的俳優なのですが、果たして日本ではどうでしょうか。フランス映画はアメリカ映画と比べて通好みのするというイメージがあるため、よく知られているのはジャン・レノ、オドレイ・トトゥ、カトリーヌ・ドヌーヴくらいでしょうか。映画好きの友人に聞いても、ダニエル・オートゥイユを知っている人は誰もいませんでした。では、なぜ僕が彼のファンなのかというと、実に単純かつ僕らしい理屈で、「偶然発見した名品」だからです。

なんというタイトルの映画だったか忘れてしまいましたが、その映画での彼の役柄が僕の心を捉えました。彼はリストラされたサラリーマン。仕草や表情は絶望を表していたのですが、演技ではしっかり意気消沈を表現しつつも、時折垣間見せる細かな表情の変化からは、絶望どころか、たとえ安定した人生のレールから滑り落ちたとしても、その下にあるもっと面白い曲線を描くレールに落ちるだけだ、だから人生を楽しもう。といったメッセージが読み取れたのです。これに確かな根拠はありません。僕の直感です。直感だけに一気に彼のことが好きになり、彼が出演している映画をむさぼるように探し求めました。コメディが多かったように記憶していますが、彼は僕の期待を裏切ることはありませんでした。コメディはコメディでも単に笑わせるだけでなく、フランス映画らしいエスプリを利かせた妙味も抜群でした。いつしか、ダニエル・オートゥイユは、「僕だけが知っている名優」になったのでした。

それからしばらく映画を観ない時期があったため、今回彼とは思わぬ形での再会となりました。僕は初めこの映画を何の予備知識もなく観始めたため、オープニングのテロップで彼の名前を見つけたときはハッと息を呑むほど驚きました。なにせ、フランス映画ということすら知らなかったため、記憶から消えかけていた彼のイメージが「まさか!」という心情とともに蘇ってきました。以前までは冴えない気弱なサラリーマンというイメージだったのが、本作での役柄はパリ警察の敏腕警視で鬼気迫る表情を貫いていました。それも、ただの警察物語ではありません。彼の出世を阻止しようとするライバル警視にハメられ、7年間の服役するだけでなく最愛の妻も殺されてしまいます。警察内部では箝口令が敷かれましたが、釈放後、彼はそのライバルが真犯人である証拠を掴み復讐に乗り出すというハードボイルドだからたまりません。もともとファンだったダニエル・オートゥイユの新たな一面が観られ、全編にわたり痺れながら鑑賞していました(彼の演技だけでなく、脚本、音楽、ロケ地なども素晴らしいです)。

さて、例のメロンパンですが、いつしか駅前のコンビニに並ばなくなってしまいました。横っ面を叩かれた私は、切羽詰まって店員に聞いたところ、工場での製造を終了したとのことでした。理由はわかりませんが、もうあのメロンパンを手にすることができなくなった僕は、なし崩し的にバイトへの意欲が薄れ、次第にシフトを減らしていき、そのまま辞めてしまいました。

それでも、いつかまた似たようなメロンパンに出合えるのではないかというほのかな期待を抱きつつ、かつて通ったコンビニと同系列のコンビニに自然と足が向かい、ついパンの棚をチェックしてしまいます。ダニエル・オートゥイユもこれと同じような気がしています。たとえ忘れてしまっても、いつかきっと偶然再会できる。思わぬ再発見とともに。だから僕は彼の出演作を調べることはしないことにしました。また偶然会いましょう。これでまた映画を観る楽しみが増えたというものです。


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