バックドラフト

(1991年 / アメリカ)

殉職した父の後を継いで消防士になった兄弟に、謎の放火殺人犯の罠と陰謀が襲い掛かる。

野次馬と正反対の精神性とは

僕が育った地域というのは、山を切り開いて均した台地の上に造成された住宅地。地名に「ニュータウン」こそ付きはすれど、小規模スーパーと小学校、郵便局、駄菓子屋があるだけの、まったく開けていないところでした。放課後の遊びは、同級生と球技をしたりファミコンをやることのほか、未開拓の山の中に分け入って冒険したりするくらいが関の山。ファミリーレストランが徒歩圏内にあって電車に乗って帰宅するなんていう環境がとてつもなく都会的に見え、憧れたものでした。そんな中、泰平の眠りを覚ます上喜撰、ではなく、僕らの退屈を粉砕する闖入者が緊急車両のサイレンの音。さすがに救急車は好奇心の対象とはなりませんでしたが、鐘の音をけたたましく鳴らしながら疾走する消防車は、その向かう先にどんなスリルが待っているのか。とても不謹慎なことではありますが、僕ら子供にとって火事の現場は何よりも興奮の種。走り去った消防車を、野次馬根性丸出しの子供たちが自転車を全速力で追いかけていったものでした。

火事といっても放火など事件性のあるものでなく、壁をちょっと焦がす程度のボヤがほとんど。そんな中で、僕がいまでもよく記憶している「大火」があります。それはたしか、僕が小学2、3年生の頃だったと思います。当時、家の近所の3つくらい上のお兄ちゃんたちと遊んでいたときのこと。公園でキックベースをしてたら、お兄ちゃんの同級生グループが現れて「チビチビ」と囃したててきました。一触即発となりかけたのですが、何も起こらず彼らはどこかへ立ち去りました。しばらく遊んで休憩して「あいつら、やだね」と言い合っていると、何かを聞きつけたかお兄ちゃんがやおら立ち上がり、浄水場のほうに目をやって「すごい!」と声を上げました。お兄ちゃんの視線の先で何が起こっているのか、小さかった僕には家の屋根が邪魔して見えなかったのですが、とにかく走りだしたお兄ちゃんについていくことに。すると、浄水場を囲む横幅300メートルほどの土手がボウボウ音を当てて燃えているではないですか。

浄水場の入口まで近づくと、もう野次馬でいっぱい。その時はまだ消防車は到着していなかったのですが、やがて遠いところからサイレンの音が聞こえ始めました。その数、ひとつやふたつではありません。浄水場は住宅地から離れた、丘をくり抜いたようなところに作られていて、その背後を土手に囲まれ、上は公園になっていました。土手はすすきなどの雑草が生え放題で、公園の柵を超えて出入りできるため、子供たちの格好の遊び場となっていました。その土手一面、枯れすすきがメラメラと音を立てながら業火に包まれていたのです。圧巻のひと言でした。相当離れたところにいても伝わってくる熱と、視線の先でパノラマ状に広がる炎。どうしようもない興奮と自分では対処できない炎の奔流を前に、僕はほかの野次馬同様、唖然としながら見入るばかりでした。後で知ったのですが、この火事を起こしたのは、さっきお兄ちゃんをからかった連中だったとのこと。因果応報とか天罰覿面とかいうことを知ったのもこの時でした。

そのとき、消防士がどのように火を消したのかはまったく覚えていないし、火が消されていく様子すら覚えていません。でも、あの業火を消したのは消防士です。小さいながらも僕があんなの絶対に消せるはずがないと尻込みしていた炎に立ち向かって消火活動に当たったのが消防士です。この映画でも描かれていましたが、火は生き物なのでどう燃え広がるかは火の気持ちを知らないとわからない。僕ら野次馬にとって火は、なんでも燃える物を燃やし尽くしてしまう貪欲なものという認識しかありませんが、消防士は火にただ水をかけるのではなく、その動きを見極めて消化に当たらないといけない。子供心には火事はスリル満点のハプニングですが、消防士は命をかけて消火活動に当たります。なぜなら、放火(現住建造物等放火)は殺人と同等の罰を与えられるほど危険だからです。

いま僕が住んでいるマンションの近くに消防署があって、日々訓練に励む消防士のかけ声が聞こえてきます。その規律正しく凛とした姿勢からは、彼らに野次馬根性など下衆な精神性は露ほどにも感じられず、逆に人命を守るという強い使命感を感じます。彼らもこの映画を観て消防士を目指したのでしょうか。子供ならいざしらず、大人になっても他人の不幸を見て喜んでいる人にはぜひ観てもらいたい映画です(はい、僕のことです)。


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