バグダッド・カフェ

(1987年 / 西ドイツ)

アメリカ西部、ラスベガスとロサンゼルスを結ぶ長距離道路が通過する砂漠のど真ん中で、ジャスミンは夫を残し一人で車を降りた。砂漠を歩き続けたジャスミンがやっとの思いでたどり着いたカフェには、看板に“BAGDAD CAFE”と書かれていた。

あなたの理想のカフェはありますか

バグダッド・カフェ

行きつけのカフェを見つけることは人生における命題のようなものになっています。行きつけと言っても、ただ単に仕事の休憩時間とか帰宅する道すがらの短い時間にコーヒー1杯ひっかけるためだけの、暇つぶし、時間つぶし的に利用できる都合のいいカフェのことではありません。あうんの呼吸で意思疎通できる顔なじみの店主、利用客と一緒にゆったりとした時間を共有し、時折聞こえるカップとコースターが触れ合う乾いた音に心地よさを感じながら読書にどっぷりと浸りこむ。コーヒーを飲み干し、ちょうどおかわりが欲しいと思ったタイミングで、ロマンスグレーの渋い店主が2杯目を伺いに来る。外の雑然とした街の雰囲気からは隔絶された空間の中、抜群の読書環境のもと深い集中力を保ちながら項をめくる指の動きも軽快だ。おっと、気がついてみればもうこんな時間。それにしても、今日も読書が進んだ。さて、お会計して店主と軽く言葉を交わして帰ろうか。

残念ながら、いまのところこうした理想のカフェに出合ったことはありません。店内の雰囲気は抜群でも駅のすぐ近くにあるのでひっきりなしに人の往来があり読書に集中できなかったり、逆に商店街の端っこにあってなかなか洒落た内装をしているにも関わらず肝心のコーヒーがまずかったり。僕が求めているカフェというのはありそうでないもので、理想は理想だから現実にはあり得ないなんていう諦観が支配的になってくるうち、結局1杯100円か180円のコーヒーチェーン店の軒をくぐってしまっています。合理的な判断といえばそうかもしれませんが、これではいつしか僕の思考が安っぽい価値観に染められてしまい美的追求心が壊死していくことになりそうなので、理想のカフェ探しは細々とでも続けていこうとは思っています。

そんな僕が一発でダメ出しするであろうカフェ、それがこの映画の舞台となったバグダッド・カフェです。そもそもカフェなのにコーヒーメーカーが故障していてコーヒーを出せない。しかも、淹れたら淹れたで濃すぎて飲めたものではない。店内の内装は古ぼけていてガタがきていて、テーブルの上はホコリだらけ。それに加え、店のスタッフの酷さには目を当てられない。始終夫と喧嘩ばかりしていて客に対しても平気で怒鳴り散らす女主人ブレンダをはじめ、お世辞にも上手とはいえないピアノの音色が店内を支配し、赤ん坊は泣きまくるし、日に数人しか客が来ないためスタッフにやる気はなし。読書なんてもってのほかで、水1杯すらお断りです。

それでも、心が通い合いすれば最高のカフェになる。静かな環境での読書なんてとうてい無理だろうけど、気のいい常連客と無駄口叩き合いながら朗らかな時間を過ごすことができる。この映画をつくった人たちというのは、こういうカフェを求めていたのかもしれない。僕には理想のカフェはありますけど、求め続けていくうち、僕のカフェ探しの終着点はこのバグダッド・カフェのようなカフェだったということもあり得るわけです。人生、何が起きるかわかりません。ただ、何かを追求する気持ち。この映画を通して、こうした気持ちだけは忘れないでいようと感じました。


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