はじまりのうた

(2013年 / アメリカ)

ミュージシャンの彼デイブに裏切られ、ライブハウスで歌う失意の主人公グレタ。偶然居合わせた落ちこぼれの音楽プロデューサーのダンとの出会いがデビューの話へと発展するが…。

音楽をはじめれば何かがはじまる

音楽にはさまざまな効果があることはよく知られており、人類の歴史は音楽とともにあったともいいます。祭祀をはじめ戦闘開始、貴賓歓迎、求愛表現などにも音楽は利用され、リズムは人間の体と、メロディーは脳と結びつきながら発展してきました。気を失った人が意識を取り戻すのは目よりも耳のほうが先ということからも、人間がいかに音楽に敏感であるかということがわかるというものです。これについては、聴覚が大脳辺縁系に直結しているということが関係しています。大脳辺縁系は脳の中でも特に原始的な部位で、喜びや怒りなどの感情や、攻撃、食事、空腹、睡眠、逃走、性行為などの行動を支配しています。耳から入ってきた情報はダイレクトに感情に反映されるのです。さらに、音楽が耳に入ってくると、脳の視床下部から前頭前野の領域までつながっているA10神経を刺激、快感ホルモンであるドーパミンを分泌し、「やる気中枢」とも呼ばれる側坐核を活性化させます。特に、クラシック音楽はA10神経と相性が良く、聴き続けることで豊かな感受性や思考力が身につくと言われています。

こういった音楽の効用について、行動心理学的に研究・実用化がなされています。たとえば、飲食店で流れているBGMは、さまざまな効果をもたらしてくれます。隣の席の声をマスキングし自然な空間を演出する「マスキング効果」、お店の雰囲気を明るくしたり高級感を出したりする「イメージ誘導効果」、動作や知覚、記憶、感動などの「感情誘導効果」、音楽のテンポ次第で食べるスピードや話す声量をコントロールする「行動誘導効果」です。これらの効果を活用しトータルでバランスの良い雰囲気を創出しているお店こそが、居心地の良いお店と呼ばれます。ちなみに、飲食店で使用されるBGMは、調性が曖昧で、音量の変化が少なく、歌によるメッセージ性が強くないボサノバとジャズが選ばれることが多いそうです。また、単にどんなお客に対しても居心地の良さを提供するのではなく、特定のBGMを流すことで、敷居が高そう、静かに話せなそう、子供にはまだ早そう、などのイメージを付与し、顧客ターゲットの絞り込みを行うケースもあります。

聴くだけで脳が活性化するのが音楽。ですが、楽器を演奏することで脳はさらに活性化するといいます。脳には、論理的な思考を行う左脳と、創作活動を司る右脳があり、その間には左右の脳をつなぐ脳梁という部位があります。演奏しているときは脳の信号伝達も活発になるため脳梁が鍛えられ、左脳右脳双方の役割をスムーズにこなすことができるようになるんだそうです。ひとつの出来事に対して、さまざまな関連情報を結びつけて整理できるようになり、記憶力の向上につながるとのこと。すごいですね。

音楽を聴く、楽器を演奏する、これらに共通している効果の中で、何と言っても忘れてはいけないのが「ストレス解消」でしょう。脳が活性化してきて気分が高揚してくれば、もう難しい理屈なんて必要なくなるくらい、その背後に音楽があるということは自明となるでしょう。ヘッドホンでひとりで聴いているときも、ライブハウスで踊り狂っているときも、カラオケで歌いまくってるときも、程度の違いこそあれ幸福を感じているはずです。「音楽が人生を豊かにする」「No music, No life」なんていう、使い古されたコピーがたちまち威力を発揮してくるわけです。この映画は、まさに音楽の力を見せつける王道的なお話ですけれど、力点が置かれているのが、音楽で他人を喜ばせること以上に、音楽で自分自身を喜ばせることにあったと思います。無名の歌手がスターダムにのし上がるシンデレラストーリーではなく、音楽で幸せを見つける自分探しのストーリー。「仕事に疲れたあなたに贈る」なんていう、これまた歯の浮くようなコピーがぴったりな作品だと思います。


閲覧ありがとうございます。クリックしていただけると励みになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください