クローサー・トゥ・ザ・エッジ マン島TTライダー

(2011年 / イギリス)

マン島TTの2010年度の模様を捉えたヒューマンストーリー。優勝を目指すガイ・マーティンとイアン・ハッチンソン。しかし、この年のTTにはふたつの大事故とひとつの大きな悲劇が待ち構えていた。

死を恐れぬ男たちと男たちの命を支える家族の物語

僕が初めてバイク(というか原付)を買ったのは、大学1年の夏。学校が急勾配の山上にあり、自転車での昇り降りが億劫になっていたため、一念発起してなけなしのお金を握りしめバイク屋へ。新品の原付には手が届かないことに愕然とする中、ちょうど体のいい中古が売りだされているのを発見。YAMAHAの何ていう車種か忘れましたが、多少の使用感はあれど全体的にきれい、しかも5万円で予算的にも想定内だったので購入に踏み切りました。生まれて初めて公道を走る乗り物を買ったということで、自賠責保険とか役所への届け出とか必要なことを知り、自転車とは違うことを改めて実感。いちばん新鮮だったのが、給油でガソリンスタンドを利用するようになったことでしょうか。当然といえば当然ですが、以後原油価格の変動なんかも気にするようになり、ちょっと中東方面に視野が広がった気分も快感でした。それからというものの、通学が格段に楽になったばかりか、片道1時間近くかかるバイト先も気にならなくなるほど、僕とバイク(原付)は一心同体となっていったのです。

もう近・中距離の移動手段はバイク以外考えられなくなり、高校以来使ってきた自転車を盗まれても構わなく思えるようになってきた頃、ちょっとした事件が起こりました。事件というほど大げさなものではないのですが、いつもの道路をバイクで走っていた時のこと。僕のバイクは最高で時速50キロくらいしか出せないタイプのものだったのですが、その日は急いでいたのかフルスロットルでメーターを振り切る高速で運転(といっても50キロですが)。しかも、雨がやんだ直後で路面は多分に湿っていました。状況的にあぶないことはわかっていましたが、調子に乗っていていつも通り50キロで走行。速度を落とさず坂道を下り、次のカーブを左折しようとした瞬間、その逆の方向に自分の体が引っ張られていくのを感じました。反射的に両手でブレーキレバーを握りしめましたが、前輪は左側を向いてはいるもののスリップして車体は右側に吹っ飛んでいく格好。しかも、反対車線からは乗用車が突っ込んできます。ヤバイ。頭の中は真っ白で全身からは血の気が引いていくのが手に取るようにわかりました。

……幸い、事なきを得ました。僕とバイクは反対車線の盛土に乗り上げる格好となり、転倒はしたものの掌にかすり傷を負う程度で、乗用車との接触はなし。軽いショック状態で立ちくらみはしたものの、すぐに落ち着きを取り戻せるほどで、深刻なものではありませんでした。そのうえ、僕と接触しそうになった乗用車に乗っていたのがとても親切な方たちで、僕を気遣って僕の自宅まで車に乗せてくれたのです。この一件で深く反省し、バイクの乗り方、特に路面の状況は特に気にするようになり、それ以降最高時速(50キロ)は滅多に出さないようになりました。バイクはその後5年ほど乗り続け、修理が追いつかなくなるほど使い倒したところで廃車としました。

たぶん僕はマン島TTライダーに笑われるでしょう。イギリス・マン島の公道を利用したバイクレース、マン島TTレースは、平均速度200キロ、最高速度320キロという超高速で争われるレース。レース専用のサーキットとは異なりエスケープゾーンがないことや、コースのすぐ脇に民家の石壁に激突するなどして重傷あるいは死亡に至るケースが多いことでも有名です。死亡者は、1911年から2013年までで240人とのこと。こんなに危険なレースであるにもかかわらず、出場者たちは口をそろえて「レースで死ねるのなら本望」と言います。その心意気は、たった一度の転倒でビビってしまった僕など足元にも及びません。僕はバイク事故で死ぬことは不幸としか考えていないのでバイクに及び腰となったことはむしろ良いことと捉えるべきですが、ライダーにとってマン島TTレースは文字通り命を懸けて挑むイベントであり、そこが自己証明の場であり死に場所でもあるわけです。この作品は、そんな彼らの男の生きざまを叩きつける姿が印象的だったのと同じくらい、彼らを支える家族の理解も半端なく深いことが直に伝わってくる、壮烈なドキュメンタリー。単なる記録映像として観てしまったとしたら、僕のへっぴり腰を笑えないと考えたほうがいいでしょう。


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