ダラス・バイヤーズクラブ

(2013年 / アメリカ)

1985年、電気工でロデオカウボーイのロン・ウッドルーフは、自身が忌み嫌う同性愛者の病気と思われていたHIV陽性と診断され余命が30日だと言い渡される。アメリカには認可治療薬が少ないことを知った彼は代替薬を探すためメキシコへ向かい、本国への密輸を試みる。

薄汚れた救世主がいてもいいはず

医薬品は一製品あたりの製造原価が安く、製造業の中でも利益率が非常に高い産業だそうです。したがって、画期的な新薬を開発できれば、世界市場で年間数千億円を売り上げることも決して不可能ではありません。しかし、ひとつの新薬の開発するのに、数十億円から数百億円という莫大な研究開発費が必要とのことで、製薬会社の企業売上高に占める研究開発費の割合は、電気・電子・精密機器・自動車産業が5%前後であるのに対して19%前後と突出しています。それに加え、開発にも膨大な時間がかかります。新薬の研究開発プロジェクトを立ち上げてから、晴れて市場に出るまでの創薬期間は最低でも10年間は必要。開発がスムーズに行かなければ、20年近くの歳月がかかることもあるとのことです。ま、人の命を救うどころか奪うことになってしまっては元も子もないので、当然といえば当然ですが。

では、新薬が市場に投入されるまでのプロセスはどうなっているのでしょう。まず第一段階は「研究」。医薬品が疾患に対して作用するアプローチ(どのような効果をもたらすのか)を決め、その作用を起こす物質を探します。数百、数千個に上る候補から最も効用が高いものを選び出し、そこからさらに派生化合物を合成して薬効と安全性などを分析・試験。試験はラットやサル、イヌ、ウサギなどを使った前臨床試験で行います。基準をパスした物質が第二段階の「治験」へと進み、実際に被験薬を人に投与してその有効性と安全性を確かめます。少数の健康成人、少数の患者さん、多数の患者さんを対象にした3つの試験に良好な結果を示すことができた被験薬のみが、厚生労働省の外郭団体である医薬品医療機器総合機構において科学的な評価と書類の審査を受けることができるのです。しかしこれで終わりではなく、流通させていくには、お医者さんや患者さんからの信頼を得なければなりません。そのための「営業」こそが最終段階であると言えるでしょう。

このように新薬を開発するプロセスは研究者の血の滲むような努力と莫大な年月にわたるのですが、たとえ認可されているとはいえ、非営業目的で外国から輸入する場合は、原則として地方厚生局(厚生労働省の地方支分部局)に必要書類を提出して、営業のための輸入でないことの証明を受ける必要があります。許可が下りたとしても、輸入した医薬品等をほかの人へ売ったり譲ったりすることはできません。たとえその薬がある難病の特効薬だったとしても、自分自身のみが使用することができるだけで、同じ病気で苦しんでいる他の人に分けてあげることはできないということになります。ネットで「個人輸入代行」と検索するといくつもの業者がひっかかりますが、中には無許可かつ未承認の薬(ED治療薬が多い)を販売していて逮捕されたなんていうニュースをよく見ますので注意が必要です。

とはいえ、その薬を欲している人にとっては死活問題です。いかに自国が認可した薬があっても、それでは効果がない、まして副作用が酷いなんていったら笑い話にもなりません。だから、この映画の主人公ロン・ウッドルーフのような人が登場したのです(実在の人物です)。マザー・テレサみたいな聖人のイメージとは大きくかけ離れていますが、HIV患者にとって本当に欲している薬を用意してくれる彼はまさに救世主だったことでしょう。こう例えたら語弊があるかもしれませんが、彼は大塩平八郎やリンカーン、杉原千畝らのような弱者の味方として、ある意味英雄視されていたのではないでしょうか。最終的に彼は国内未承認の薬を他人に譲渡したかど(会員費を取って配布していた)でお縄を頂戴しますが、彼の意図は実を結ぶことになります。僕は、別に彼が正当だとは思わないししょっぴかれて当然だとも思いましたが、やはり何か大きな壁を打ち破る際には突拍子ない破天荒なエネルギーがきっかけになるのだということに改めて気が付かされました。それと同時に、新薬の研究開発に取り組む際も同じなんだろうなとも。


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