ヒトラー 〜最期の12日間〜

(2004年 / ドイツ、オーストリア、イタリア)

アドルフ・ヒトラーが地下で過ごした最期の12日間を、当時の個人秘書の回顧録を元に解き明かす。1945年4月、戦況が悪化する中、敗戦を確信し正常な感覚を失いつつあったヒトラーは、ある重大な決意をする。

ヒトラーという人間を知ること

アドルフ・ヒトラーという名前を聞いたことないなんて人はいないでしょう。名前を聞いたことあるという程度の人でも、ヒトラーが独裁者で、第二次世界大戦を引き起こし、多数のユダヤ人を虐殺したということはなんとなくでも知っているはずです。それほど世界史に影響を与えた人物ですから。ヨーロッパでは悪魔のごとく(もしくは悪魔そのもの)として描かれていて、頭がイカれたサイコ野郎の代名詞となっているそうですし、世界的に見ても史上最悪の独裁者とか残忍非道なファシズムの首魁として悪名高いです。また、日本においては、共闘こそしなかったものの、かつて枢軸国として同盟を結んでいた国として、ヒトラーあるいはナチ・ドイツを他国(特に被害国)とは一線を画した視点で研究・検証する必要があると思っています。研究・検証とは、日独の戦略・戦術や兵器の運用などの違いもそうですが、なぜ戦争を始めたのか、なぜ戦争に負けたのか、そして戦後どのように裁かれたのかも含めてです。中でも、ヒトラー率いるナチ・ドイツという独裁国家が崩壊していった過程を知ることは大変意義のあることだと思っています(日本は戦時中でも曲がりなりにも民主政治を保っていた)。

とまぁ、かくいう僕もヒトラーについては独裁者、ユダヤ人迫害者くらいの知識しか持ち合わせていません。なので、ここではヒトラーの人となりについて調べてみたいと思います。まずはヒトラーが総統になるまで。1889年にオーストリア・ブラウナウで生まれたヒトラーは、画家を目指して美大を2度受験するも失敗。居が定まらず放浪の生活をしながら、次第に民族主義、反ユダヤ主義に目覚めていきます。第一次世界大戦に従軍するもドイツの降伏で終戦。やがてドイツ労働者党の演説を聞いて感銘を受けて党員となると、持ち前の過激な演説力で名を挙げ、党内での地歩を固めていきます。ヒトラーの活躍で党勢が強固になっていくと、党名を「ドイツ国家社会主義労働者党(ナチ党)」に改名。ヒトラーは党首として党の舵取りを担い、ついにナチ党は国会で第一党に躍進。ヒンデンブルク大統領の死後、ヒトラーは首相職と大統領職を統合した総統に就任しました。

ここまでがヒトラーが全権を掌握するまでの歩みですが、ではなぜヒトラーは大衆の支持を得られたのでしょう。まず何と言っても、彼の演説の才能でしょう。大げさな手振りを用いたり抑揚をつけることで重要な点を強調し、大衆を引き込みつつ大事なメッセージを伝わりやすくしました。また、敵を徹底的に悪として槍玉に挙げ、味方を正義とすることで大衆に感情移入させたりもしました(敵としてよく祭り上げられたのがユダヤ人)。演説はヒトラーの武器であり、演説こそが大衆支持につなげたとも言えますが、実はそれだけではありません。当時、ドイツは第一次世界大戦の賠償金で国中が悲鳴をあげていました。当時のGNP(国民総生産)の20年分といいますから凄まじい限りです。そこに世界恐慌が襲いかかってきたのですから、まさに泣きっ面に蜂。ドイツ経済はさらに悪化して失業者があふれ、社会情勢は真っ暗闇となりました。そんな中、ナチ党は国債を大量に発行して、アウトバーン計画を筆頭とする公共事業政策を推進。そのほか、大規模店の出店を制限して中小店を守る、価格統制により物価を安定させる、中小企業への融資制度を整えるなどの政策を推し進め、600万人いた失業者を恐慌以前の160万人にまで減らすことに成功しました。

そして、気になるのがヒトラー自身の性格。過激な演説を得意とすることから、さぞかしアグレッシブでエネルギッシュなのかと思いきや、側近などの証言を読んでいると、軍事知識や記憶力は一様に賞賛されている一方で、「何を考えていたのか皆目わからなかった」「心の奥底を明かさない」「直ちに厚い壁を造りあげてしまう」など、非常に消極的なものが目立ちます。ヒトラーの唯一の親友も「内向的な性格で、誰にも立ち入らせない精神領域を常に持っていました」と語り、エヴァ・ブラウンでさえも「あの人の内気さは普通じゃない。とくに人前に出ると、内気な自分を悟られまいと必死になっている」と語っているのです。これは、ヒトラー自身の出自や学歴、軍歴に関して抱いていたコンプレックスに起因するのではないかとのこと。あの狂気は、演説で見せた熱情から生まれたものなのか、それとも閉じこもっていた自分の殻の中で生まれたものなのか。その一方で、身近な女性や子供に対しては親切かつ寛容で、怒声をあげたことはなく、調理婦にさえ敬意をもって接していたそうです。血も涙もない冷血漢でないことは言えそうですが、こう見てみると、大変不謹慎な言い方ではありますが、ヒトラーも時代のうねりに翻弄された、ひとりの犠牲者だったという考え方が出てきておかしくないのかもしれません。

この映画は、圧倒的不利な戦況に追い込まれたドイツにおいて、敗戦を悟ったヒトラーが自殺するまでの12日間を描いた作品です。すでソ連軍がベルリンにまで戦線を押し上げていて、ドイツは防戦一方で首都陥落寸前の状態。ヒトラーは初っ端からヒステリックに怒鳴りまくっています。しかも戦況をまったく把握しておらず、周囲を呆れさせてしまいます。映画を観ればわかりますが、全編を通してのヒトラーは、思い通りにならないと癇癪を起こす子供です。エヴァ・ブラウンはこうも語っています。「ヒトラーはとにかく謎めいている。何かを隠そうとしている。そこがとても薄気味悪い」と。隠そうとしていたものが何だったにせよ、それを隠し通せなくなると、その気持ちが強ければ強いほど、子供が喚き散らすような半狂乱を起こします。ヒトラーの謎、というか暗部はそこにあるのでしょう。この謎を医学や科学、歴史学がどんなに進歩しても解明できないのだとしたら、人類が互いに血を流し合うことを避けることは永遠にできないのだろうと思いました。


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