THE WAVE ウェイヴ

(2008年 / ドイツ)

ドイツのとある高校で行われた、“独裁制”をテーマとした授業。教師べンガーは、やる気のない生徒たちに困った末、ある提案を。それは、クラスを独裁国家に見立てた、心理実験のような授業であった。初めは誰もが嫌悪感を示すが、今まで経験したことのないクラスの一体感に魅せられていく。

マインドコントロールの呪縛からは逃れられるのか

一般に、ひと握りの指導者層が大衆をひとつの目的のために動かすことを「洗脳」といったり「マインドコントロール」といったりします。第二次大戦期のファシズムや旧ソ連のスターリン、最近だとオウム真理教などが思い浮かびます。僕は心理学の専門家ではないのでどちらも同じような意味合いと認識しているのですが、調べてみるとどうも違うようです。「洗脳」とは、いままでの自己アイデンティティを破壊し、まったく新しい自分を強制的につくりだすこと。暴力的かつ非人道的な手段で精神的な廃人とし、他者に完全にコントロールされた人格へと変容させることで、妄信的に洗脳者の言うことを聞く状態の人間にしてしまいます。一方の「マインドコントロール」は、心理を巧みに操作することで本人が気付かないまま新しい人格にすり替えることをいいます。したがって、本人には誰かに強制されているという意識がまったくなく、自分自身で選んだ道と思い込んでしまっているので、抜け出すことはなかなかできません。

現代社会において、よく耳にするのは後者のマインドコントロールのほうだと思います。では、このマインドコントロールで使われている4つのコントロールについて考えてみましょう。まず「行動」。その組織には細かい規則がたくさんあるが、素直に従っていれば組織からこれまで受けたことのないような素晴らしい賞賛を受けることができる。次に「思想」。どの宗教でも学問でもわからなかった、神の真理や人類誕生の謎といった神秘を、組織のリーダーたちだけが知っていると徹底的に教えこまれる。3つ目は「感情」。組織に従わなかったり疑ったりすると、ハルマゲドンが来るなどと言って感情に恐怖と不安を植え付ける。最後が「情報」。外からの情報、特に組織に対する批判からは徹底的に隔絶され、組織の教えのみが唯一得られる情報となる。

このようにして、いったん組織に入ってしまったら、もう組織に縋るしかなくなります。そのうえ、組織からそっぽを向かれたり白い目で見られることが何よりも怖ろしいと思い込まされているので、指導者から疎まれないようさらに組織にのめり込んでいきます。だから、組織のしきたり、慣習、言葉遣い、上下関係などが社会全体だと完全に信じこんでしまうのです。この映画でも、クラス全員が思想を一致させ、組織名や挙動、服装までも統一していく中で、次第に培っていった「団結」が高じて、やがてはハイレベルの「排外意識」を共有していく様子が描かれています。教師を「ベンガー様」と呼び、彼が登場すると皆立ち上がって組織オリジナルの敬礼をし、彼の命令には服従。完全に前時代の独裁国家そのものですが、初めは面白がっていた生徒たちもそれこそが真理だと完全に思い込むようになるのです。その中で異端者が出るとどうなるか。単に授業の一環としてクラスで取り上げた独裁制のモデルでさえ、背筋が凍るような現象と結果を生み出す。実話に基づいているというだけに、そのリアリティはひとしおでした。

では、マインドコントロールは、ある特定の組織内だけの話でしょうか。自分は大丈夫と、気を大きくしていれば防げるものなのでしょうか。アポなし訪問してくる怪しげな宗教団体など無視していれば済む話なのでしょう。そう思い込むことこそ危険です。なぜなら、僕たちはすでにある巨大組織からのマインドコントロールを毎日受け続けているからです。その組織とは、「マスメディア」です。テレビ、新聞、インターネットといった、さまざまな媒体を通して流れてくる情報の裏には必ず意図があります。なぜたいして大きな事件でもないのに犯人の顔写真が大写しされるのか、なぜこの記事には首相のうかない表情の写真が添えられているのか、なぜ反政府デモの参加人数を警察発表ではなく主催者発表を報じるのか、なぜ最近オネエタレントが大勢テレビに露出しているのか、なぜ多国間貿易交渉の中身を小出しに報じるのか……。複数のメディアが同じような伝え方を一斉にした時は特におかしいと思うべきで、そこには必ず「マインドコントロール」の種が潜んでいると考えなければなりません。


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