サラの鍵

(2010年 / フランス)

パリで暮らすアメリカ人女性記者・ジュリアは45歳で待望の妊娠を果たすが、夫から受けたのは思いも寄らぬ反対だった。そんな人生の岐路に立った彼女は、ある取材で衝撃的な事実に出会う。

守り続けることとは伝えたいこと

サラの鍵

ヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件(ヴェル・ディヴ事件)とは、ナチス・ドイツの占領下にあったフランスで1942年7月16日~17日に行われた最大のユダヤ人大量検挙事件のこと。フランス国籍ではない外国籍のユダヤ人が一斉に検挙され、その数は1万5000人近くにまで及び、検挙されたユダヤ人はヴェロドローム・ディヴェールという競技場に集められ、ここからアウシュヴィッツをはじめとする東欧各地の絶滅収容所へと送られました。この事件の背景には、ナチスに協力的な在仏ユダヤ人総連合やヴィシー政権の存在があり、フランス人警察官と憲兵の手でユダヤ人が検挙されたのですが、中にはユダヤ人に情報を流して避難させるものもいたとのことです。その後、1944年6月になると連合軍によるノルマンディー上陸作戦が開始され、8月25日にパリが解放。フランス共和国臨時政府がパリに移転した。ヴィシー政府は崩壊。1944年中にフランスの大部分は連合軍によって解放されました。

この映画は、第二次世界大戦を舞台にしており、とりわけヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件での一連の出来事を下敷きにして物語が練られています。1942年のある日、自宅アパートに押し寄せた警察官の手から、弟のミシェルを納戸の中に隠して鍵をかけたサラ。すぐに戻ってこれると思っていたのだが、連れて行かれたヴェロドローム・ディヴェール競技場から収容所に送られることになってしまい、自宅に帰ることは絶望的となってしまいます。その間、納戸に鍵をかけて隠したままのミシェルの安否が気になって仕方がない。そのままアウシュヴィッツ送りになりかけたところ、サラは収容所を脱走。逃亡中にお世話になった老夫婦の力を借り、ようやくパリの自宅アパートに戻ってきたサラは、すでに他の家族の手に渡っていた部屋に押し入り、かつて自ら鍵をかけた納戸をこじ開けます。そこにはアウシュヴィッツより凄惨な光景が広がっていたのです。

ここまでの展開がストーリーの下地になっていて、その60年後がメインストーリーとして進行していきます。かつてサラたちが生活していていたパリのアパートを譲り受けることとなったジュリア夫婦。アパートにまつわるエピソードを知ったジュリアは、記者としてのキャリアに胸が騒ぎ雑誌のワンコーナーに据えようと、パリ、ニューヨーク、イタリアを股にかけて取材を始めます。その過程で知り合った人たちから聞いたことから次第に明らかになっていくサラの人生。迫害に遭いながらも決して手放さなかった納戸の鍵、アメリカに渡り新しい人生を歩み始めた矢先に選択した運命。サラゆかりの人物たちとの邂逅が、妊娠中のジュリアの心を強く動かし、またサラの血を引く男性が自らの出自の尊さに目覚めることとなる。守ろうとした者を結局自らの手で殺してしまったという罪悪感は一生消せないものであるし、少女期の体験であればなおさら心に深い深い傷跡を残し続けることでしょう。

そんな中でも、現実を受け入れた後でも決して手放さなかった納戸の鍵。もうその用途はどこにもないにもかかわらず、後世に伝えようと大切に保管され続けた納戸の鍵。サラが守り続けた鍵は、60年という長い年月を超え、その60年後に生きている人たちが閉ざし続けていた心の扉をこじ開けた。そう考えてみると、僕自身が守り続けているもの、大切に保管し続けているものにも、無意識のうちに意味付けがされていて、後世とは言わずとも、いつか誰かに伝えたいメッセージというものが込められているのではないかと思います。たとえそれがつまらないものでもくだらないものであっても、たぶんそれはとても大事なことなのでしょう。それに気づいてもらえるかもらえないかは、本人の生き方次第なんだと思います。


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