ゼロ・グラビティ

(2013年 / アメリカ)

女性エンジニアであるストーン博士は、ベテラン宇宙飛行士コワルスキーと共に、地球より遥か上空の無重力空間〈ゼロ・グラビティ〉で、システムの修理をしていた。だがスムーズに作業を遂行し終えようとしたその時、彼らに思わぬ危機が訪れる…。

百聞は一見に如かずは宇宙に通用するか

ゼロ・グラビティ

「百聞は一見に如かず」という言葉のとおり、テレビの映像や書籍での詳しい解説、見てきた人からの伝聞よりも、実際に自分で現地に赴き自分の目で確かめることほど印象に残ることはありません。「感動的」とか「圧倒的」とか銘打って紹介されている世界各地の名勝がまさにそうで、僕自身それほど多くない国内外の旅行から言葉に表せられないほどの感動を得た経験があります。伊勢神宮の神秘性と崇高さ、中国・西安の兵馬俑で感じた悠久の歴史、トルコ・カッパドキアの奇岩、カンボジア・アンコールワット遺跡群の偉容、タイ北部での少数民族との出会いなどなど。これらはすべて本やテレビで知って、ぜひこの目で見てみたいという強い願望により実現した旅行だったわけで、得も言えぬ充実感とともに「百聞は一見に如かず」の語義を改めて実感したのでした。

その一方で、憧れていた景勝地や建築物にたどり着いたとしても、「なんだ、こんなものか」と拍子抜けしてしまったことも一度や二度ではありません。その代表的な例が、シンガポールのマーライオン。いまや、海外旅行好きなら誰もが挙げる期待はずれスポットの最右翼ですが、その栄冠に恥じぬくらい、単なる動物の形をした造形の噴水には本当にガッカリさせられます。これだけでなく、ベトナム中部のフエにある王宮やラオスの首都ビエンチャン、ニューヨークのタイムズスクエアなんかも「たいしたことないなぁ」という感想でした。

しかし、たとえガッカリだったとしても損をしたとは考えません。なぜなら、自分の足で確かめに行ったのですし、自分の目で情報の真偽を見極め自らの評価を下したのですから。何らかの媒体を通じて知らなかったことを間接的にでも知るという行為はもちろん大切ですが、それよりも知らないことは自らの目と耳と足で吸収しようという探究心や向学心を持ち続けることのほうがもっと大切です。「百聞は一見に如かず」という言葉は、二次情報で満足せず一次情報こそ至上とせよ、つまり他人からの伝聞を信じるのではなく自分の経験から知を獲得せよということだと思います。だから、すごいと評判の観光地に行って「やっぱりすごかった」というポジティブな評価も知の獲得なら、「ちっともおもしろくなかった」というネガティブな評価すら新しい知と言えるのです。

それでも、生きているうちに「百聞は一見に如かず」を実践できそうにない場所があります。いまやお金さえ出せば世界じゅうのどこにだって行ける時代なのに、ここだけはさすがに無理だろうと思う場所があります。それは宇宙です(宇宙旅行のパックツアーがあるようなのでお金に物を言わせて行けないことはないのですが心理的に望外の地です)。あまりに遠くて行くことができない場所については想像して感じるほかありません。だから、僕は宇宙に関して、あくまでも創造力の源泉として存在していてもらって知り尽くすことは良いと考えていません。この、遠い地のことは想像あるいは感覚に任せるしかないという発想は、ともすれば国際関係における遠国同士の理解の不一致を生むことになるわけですが、こと宇宙に関してはどの地球人にとっても遠い場所の話です。知らなくていいことだってあるわけですし、それによって創造力が喚起されるのですから。

したがって、僕が宇宙を「百聞は一見に如かず」と言い切れる日が来るとは思いませんし、宇宙は永遠に手の届かない世界で在り続けるのでしょう。もちろん知ったかぶりはよくありませんが、この映画を観て「百聞は一見に如かず」という言葉の重要性に改めて気づかされただけでも拍手喝采を送りたい。そして、宇宙の一端であるこの地球の神秘を探るため、実生活で「百聞は一見に如かず」を実践し続けようと思いを新たにしたのでした。


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