ハゲタカ

(2009年 / 日本)

“ハゲタカ”の異名を持つ天才ファンドマネージャー・鷲津政彦と、“赤いハゲタカ”を名乗る中国系ファンドの使者・劉一華による、大手自動車メーカーをめぐる買収戦争の行方を描く。

グローバル経済という戦場に向かう兵士

ハゲタカ

僕が大学受験をする際、全大学が掲載された分厚い本をめくりながら、どこに願書を送ろうかとかなり念入りに調べた記憶はありますが、どの学部にしようかと深く考えたことはありませんでした。学部の第一志望は国際関係、第二志望は法律で固まっており、受講できる講義の内容を精査(といってもどこも大差ありませんでしたが)するだけで、あとの焦点は大学選びに移っていきました。同級生もこのあたりは僕と同じような状態で、俺は史学、私は語学といった具合に、学部選びで迷っている様子は特に見受けられませんでした。その頃はまだ国際コミュニケーションとかM&Aなど比較的新しい学科を持った大学は少なかったので、彼らの志望の傾向も、法律や文学、工学、機械など、オーソドックスな学部が多かったと思います。ただ、その中で、あまり第一志望として耳にすることのなかった学部がありました。それが「経済学部」です。

言葉を選ばず当時の印象のまま言ってしまいますが、経済学部を受ける人とは、とりあえずネームバリューのある大学に入りたいという勉学志向に乏しい人のことでした。というのも、経済学部はどの大学でも他の学部に比べて偏差値が低く、また実際に経済学部に所属していた知人から学生の質は遊び人的でちゃらんぽらんな人が多かったと聞いたことがあったからです。もちろん、ある程度は当たっているかもしれない反面、きちんと真面目に勉強していた人もいたでしょう。ですが、客観的に見て、経済学部は一段下に見られる傾向にあったし、合コンで経済学部に所屬していると言うと受けが良くなかったという話も聞いたことがあります(就職活動では文学部よりは有利になるという話も聞きましたが)。そんな経済学部が最近になって脚光を浴び始めました。

それが「グローバル経済」の台頭です。アジア通貨危機や日本のバブル崩壊などを経て、2000年代あたりから浸透しだした世界市場を均質化する試みのことで、トヨタをはじめとする日本の大企業が競うようにして中国へと進出していったことは記憶に新しいと思います。この中国進出は日本企業が日本の国力増強のために取ったのではなく、自社が生き残るため世界の趨勢に遅れまいとした結果のことです。だから、国内の工場を次々と畳んでいったため失業者があふれて自殺者が激増し、中国からは安い製品が入ってくるため日本経済はデフレーションに襲われ、働いても所得が増えず財布の紐は固くなり、企業も投資を控えるようになりました。体力を失った企業は、グローバル経済体制で力をつけた中国などの新興国の企業に買い叩かれるという現実。中でも、IBMのパソコン事業が中国のベンチャー企業に買収されたのは衝撃的なニュースでした。

その後、リーマンショック、ユーロ危機などを経て現在に至るのですが、その間、グローバル経済に呑まれないよう、同業同士で合併して生き残りを図ったり、高い技術力を持った企業を買収して自社をどんどん大きくしていくといった活動が活発になっていきました。当時の新聞には「企業買収」「企業合併」というニュースが大見出しを飾る日が増え、一般人が時流についていくためには経済の知識が不可欠となったこともあり、書店には経済や経営関係の入門書が特設コーナーで平積みにされたものです(『もしドラ』がベストセラー)。それと同時に、経済学部(または経営学部)を志望する学生も増えたというニュースも流れました。

この映画はまさにそういったグローバル経済の産物とも言える企業買収、それも破綻寸前の企業を買収して再生させた後に高値で売るという「ハゲタカファンド」を取り扱った作品。死肉を見つけたら一片の肉も残さず食い尽くし、骨だけになったら飛び去るハゲタカのイメージそのものです。株式公開買い付け、いわゆるTOBには、友好的と敵対的なものがあり、この映画のテーマとなっているのは後者。かつてライブドアがニッポン放送に仕掛け、その経営権を握ろうとした出来事を思い出します。当時はかなり騒がれましたが、この映画でも日本企業の危機を全面に押し出して劇場型に描かれています(映画だから劇場型なのは当然ですが)。企業の買収か存続かで揺れるプレイヤーたちは、単にお金や経営権を握ることだけにとどまらず、国家の威信や企業が積み上げてきた誇りを賭けて戦っています。そう、経済とは形を変えた戦争です。もはや大砲や戦艦、戦闘機が主役の戦争は一線を引きつつあり、代わりにグローバルを戦場とした新しい戦争が始まっているのです。

だから、経済学部を志望する学生は志願兵と言ってもよく、金融関係の企業に就職したら兵士になったと表現できるかもしれません。もちろん、企業人になったら誰でも戦いの日々を送ることになることは言うまでもないのですが、お金ほど人生を翻弄するものはなく、企業を買収することとはそこで働く人たちの人生を一手に握ることになるのです。企業を再生させるため、誰を残し(生かし)誰を捨てる(殺す)のか。その判断は、実際の戦争と同じく、いやそれ以上に兵士としての冷酷かつ非情な判断が求められることと思います。


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