英国王給仕人に乾杯!

(2006年 / チェコ)

主人公ヤンは小さな男。プラハに近い田舎町のホテルのパブで給仕人見習いから出発して、ユダヤ系の行商人ヴァルダン氏の引き立てで、富豪たちの別荘〈チホタ荘〉で働き、やがてプラハ最高の〈ホテル・パリ〉で、給仕とは何かを神技のように示す給仕長に出会う。

サクセスストーリーにも国民性

小さなレストランの見習い給仕だった主人公が、ちょっとしたきっかけでトントン拍子に出世していって、ついにはプラハの最高級ホテルのレストランの給仕長になるというストーリー。日本人ならこういうサクセスストーリーは好きですよね。農民の子が出世に出世を重ねて天下を統一した豊臣秀吉に代表されるように、たとえ生まれや身なりは卑しくとも才覚ひとつでのし上がり、たゆまぬ努力と献身が実って社会で大成功を収めた人の話というのは、勤勉・勤労を良しとする日本人なら誰でも心引かれるものです。

この傾向は本屋に行けばすぐにわかります。どの本屋でも入口すぐのコーナーに、自己啓発の本が平積みされてますよね。そういう本を読むるとだいたい似たような結論になるのですが、それは自己覚醒の最も早い道は成功者のたどってきた苦難・苦闘の道を知ること。つまり、成功体験について書かれた本を読みまくることだそうです。子供の頃、偉人の本をたくさん読まされたという人は素晴らしい両親を持ったと誇っていいと思います。

だから、こういう日本人好みの映画を作ってヒットさせる以上、チェコ人とは日本人と性格的に似ているところがあるのではと思い調べてみました。すると、「温和で争い事を嫌うが、冷笑的かつ警戒心が強くサービス精神に乏しい」と出てきました。前半部分は似ていますが、後半部分はおもてなしの精神とは相容れませんね。これは一般論なのですべてのチェコ人に当てはまるというわけではないのですが、それでも映画の嗜好について日本人との相関性を期待していた僕はちょっと肩透かしを食らった格好です。とはいえ、サクセスストーリーなんて日本人だけのものではないし、チェコ人にも熱狂的な秀吉ファンがいるかもしれないので、そんなに額に青筋立てることではありませんね。

ただ、気になった点がひとつ。この映画の主人公は血の滲むような努力をして出世していったのではなく、どこか風に背を押されるようにして成り行きで出世の階段を駆け上がっていったように思えてなりませんでした。たしかに、人との出会いやタイミングは「運」というひと言で片付けられるし、それこそ実力のうちであるという考え方もできます。それをコメディとして最後まで面白おかしく観られればそれでよかったのですが、歴史という大きな時間のうねりの中で彼はまったくの無力だった。つまり、彼は紆余曲折あるはずの人生の中で、処世術というものを学んでいなかった。彼は最終的に大富豪になりますが、本来なら彼自身の人生で学んできた機知を活かして自己防衛するところ、迫り来る歴史の大渦に巻き込まれるだけで何もできず無一文になってしまうのです。

これはもしかしたら、チェコという国が背負ってきた歴史そのもののだったのかもしれません。小国の宿命としてドイツ、ロシア、フランスといった大国に蹂躙されてきた歴史を抱えているだけに、どうしても大国の動向に敏感になって利のあるほうに媚びる「事大主義」に偏っているきらいが見受けられます。実際、チェコで生活していた人のコラムなどを読むと、そういった行動原理が透けて見えてきます。とすると、私のような日本人の視点からは、主人公は激流に翻弄される木の葉に見えたのですが、チェコ人の視点だと、敵だらけの戦場をうまく泳ぎ切った賢いヤツに見えたのかもしれません。これはもちろん仮説ですが、もし間違っていないとすると、つくづく世界は広いなと思いつつ、歴史と風土が作った人間性とはかくも面白いものだなと感じてしまう次第です。


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