インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア

(1994年 / アメリカ)

現代のサンフランシスコ。街を見下ろすビルの一室で、インタビュアーを前に美しい青年ルイが自らの半生を語り始めた。

吸血鬼の美しさとは

インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア

「吸血鬼」と聞けば、条件反射的にドラキュラ伯爵をイメージする人は多いでしょう。かくいう僕もそうです。でも、それと同時に、ドラキュラは創作における架空の人物であり、ひいては吸血鬼自体が想像上の産物であると連鎖的に思い浮かべることと思います。それはおそらく正しい認識のはずです。ドラキュラの出自が小説であることは言うまでもなく、吸血鬼は狼男やフランケンシュタインと同じように、世界中で知られている怪物ではあるものの、映画の影響が強いことがあまねく知れ渡っている事実であるからです。とは言え、現代においても、あたかも実在するかのように語り草となっているのは、れっきとしたモデルがあったのと、いま現在、それと思わせる行動を取る人がいるからではないでしょうか。

まずモデルというと小説「吸血鬼ドラキュラ」のモデルであるワラキア公ヴラド3世ですが、彼は「串刺し公」と呼ばれるほど残忍な処刑を行ったものの、別に人間の生き血を吸う嗜好はなかったとのこと。また、ドナーから提供された血を飲む地下サークルがあったり、精神疾患により自分の血を吸って心を落ち着かせたりすることがあるそうですが、いわゆる怪物としての吸血鬼とはイメージが異なってきます。ただ、さすがに、首筋に歯型が残され失血死したとかいう猟奇的事件のニュースは聞いたことがないので、吸血鬼のイメージこそあれ、実際に存在するはずないと考えるのが妥当な線でしょう。

ま、真剣に考察するまでもなく、当然といえば当然ですね。でも、吸血鬼を完全に恐怖の対象として描いたオーソドックスな作品はもちろん、限られた空間でしか生きられないが欲望の発露を求めさまよう姿を映し出した本作のような作品でも、吸血鬼はどこか妖艶な美しさをもっていることがとても多いように思います。太陽の光が苦手で夜にしか行動できないため透き通るような白い肌と深い湖のような澄んだ目をし、痩せ型で弱々しげで女性のような華奢な風貌を備えている吸血鬼は、それとわからなければ、まるで絵画のような美的な存在に見えるでしょう。でも、一度獲物を捕らえたら、真っ赤に充血した目は爛々と見開かれ、猛獣のように鋭い牙で柔らかい首筋に襲いかかる。もしかしたら、それも本望と思ってしまう人もいるかもしれませんね。

吸血鬼が単なる怪物ではなく、美しきハンターという形容がぴったり来るような存在に思えてしまうのは、やはり映画などの創作物の影響なんでしょうけど、俗な言い方をすると「萌え」なんだと思います。夜しか活動できない、人間の生き血という禁忌を犯して生きている、男性なら女性みたいに美しく女性なら女性以上に美しい容姿をしている、不老不死ゆえの悩みを抱えているなど、さまざまな制約のもとで生きています。要するに、人間離れしているということですが、だからこそ魅力に感じる人が出てくる。結果的に自らの血、つまり命を差し出すほどですから。そこに血判状とか血の交わりのような信頼関係の強さを読む取るのは深読みがすぎるというものですが、吸血鬼にはそれだけの人たらし術か色香があるということでしょう。吸血鬼「的」な人にゾッコンになっている人は、ぜひとも道を踏み外すことなく幸せになってほしいものです。


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