コン・ティキ

(2012年 / ノルウェー)

自らの学説を証明するために、古代の技術で再現した筏“コン・ティキ号”でペルーからポリネシアへ向かう航海に挑んだ男たちの姿を描く。

古代人と現代人のフロンティアスピリットの差

コン・ティキ

太平洋の北端のハワイ諸島、西南端のニュージーランド、東端のイースター島の3点を結ぶ、三角形の海域にある島々を指す、ポリネシア。そこに住むポリネシア人のルーツについては、本作の主人公であるトール・ヘイエルダールが唱えた南米からの植民説がありますが、1975年にハワイで建造された双胴の航海カヌー、ホクレアによる数々の実験航海や、言語学的・人類学的な各種の検証により、現在では東南アジア説が定説となっているとのこと。では、その東南アジアとはどこかという話ですが、台湾という説が有力だそうです。いまから5000年ほど前に、台湾からフィリピンやインドネシアに南下していき、その後、3500年ほど前には、海洋航海技術に長けた一部の人々がニューギニア北東にある沿岸部や一帯の島々に進出。これがラピタ人といわれ、ポリネシア人の祖先に当たると考えられています。彼らは、太平洋各地に広がった世界初の航海民族かつ、ラピタ土器という独特の装飾土器を持つ文明人であり、航海術を駆使してわずか500年ほどの間にバヌアツ、ニューカレドニア、フィジー、トンガやサモアの島々に拡散し、ラピタ文化を広く展開しました。

そんな彼らが、大型の帆船や海図、羅針盤もない時代に、いったいどのように遠洋航海をしていたのでしょうか。物証はほとんど残されていないのですが、カヌー、それも船体をふたつ使用したダブル・カヌーという説が有力(わずかに1艘のカヌーの断片が1977年にフアヒネ島で発見されただけ)。彼らの航海術は、たまたま島にたどり着いては「発見」を繰り返した西洋人とは異なり、定住という目的とともに家畜と植物をカヌーにのせ、島と島の間何千キロを往復するというもの。彼らの高度な航海術は、西洋式の海図をたよりにしたナビゲーションではなく、「ウェイファインディング」と呼ばれます。太陽、雲、星、風、波、鳥など、ありとあらゆる自然現象を観察しながら、つねに自分が太平洋のどこに位置するかを体で覚え、コースを決めるという方法でした。西暦1000年ごろにクック諸島やニュージーランドに到達したのち、移住の動きは確認されていません。ですが、ポリネシア人の主食のひとつであるサツマイモは南米原産であり、西洋人の来航前にすでにポリネシア域内では広くサツマイモが栽培されていたため、古代ポリネシア人は南米までの航海を行っていたのではないかと推測されています。

現代であれば、飛行機や大型客船で、南海の孤島でもどこでも快適に行くことができます。たとえ人力で古代と同じ条件で赴くとしても、設備の強度や通信機器など航海術の発展により、当時ほど難儀はせずたどり着くことができるでしょう。また、離島に行く目的が、現代は「休暇」であり古代は「生活」のためであったということも決定的に異なるところです。古代の手法を実証するという目的でも、取り掛かる人たちの懸命さは伝わってきますが、やはり「生き残るため」の行動から生まれるパワーにはかないません。古代人と現代人で身体的・体力的な違いはあるでしょうが、根本から変わっているということはないはずです。そんな古代人が命を懸けて、月や星を頼りに木造のカヌーを昼夜問わず漕ぎ続けて目的地まで向かうということと同じことを、現代人はできないと思います。当然のことながら、古代には近代テクノロジーはなく、自然科学的な学究もなく、正確かつ広域な意思伝達手段もありません。地球上の場所という場所は「発見」され尽くされ、ほぼ完璧な世界地図がどこでも手に入る現代では、人間誰しもが持っているフロンティアスピリットを十二分に発揮することはもうできないのかもしれません。再度目覚めるのは、地球環境が決定的に悪化し、宇宙に新天地を求めるようになってからになるのでしょうか。


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