エリックを探して

(2009年 / イギリス)

マンチェスターの郵便配達員・エリック。30年前に別れた妻と再会することになり憂鬱な彼は、ポスターのエリック・カントナに愚痴をこぼす。すると、暗がりからカントナ本人が現れ…。

メンターとは鏡写しの自分自身

エリックを探して

僕が大学生の頃でしたから、もうずいぶん前のことです。その当時街で見た看板でいまだにはっきりと記憶に残っているものがあります。場所も明確に覚えていて、渋谷のスペイン坂。パルコの入口と正対する格好で設置されていたと記憶しています。誰の目にもつく巨大な看板は音楽CDの新譜の販促用で、ポーズを決めたロックミュージシャンに被さるように、とあるキャッチコピーが添えられていました。そのキャッチコピーとは「浜田省吾が君の兄貴だったら、君の恋を何と言うだろう」というもの。多少覚え違いがあるかもしれませんし、よく読むと何となく文章的に不安定なものを感じさせはしますが、とにかく見た瞬間から僕の脳裏に焼き付き、くっきりとした焦げ跡はいまになっても離れません。それがキャッチコピー大賞を取るほどコピーとして完成されていたかどうかの判断はできませんし、そもそも僕は浜田省吾を詳しく知らないので彼に共感してもいません。だけど、そのコピーを目にした途端、僕は浜田省吾に強い憧れを感じました。別に恋バナを聞いてもらいたいってことではなく、浜田省吾なら僕の悩みを真剣に聞いてくれる、僕のことを本気で心配してくれる。直感的に、まるで本当の兄貴ができたかのような心強さを感じたのです。

ビジネスやスポーツの世界で「メンター」という言葉を頻繁に聞くようになりました。メンターとは、助言者や師匠、教育者、後見人といった意味を持ち、仕事やキャリアのお手本となり味方になってくれる人のこと。どんな業界にかぎらず競争の中で成功していくということは、自分ひとりの力量でのし上がっていくのではなく、優れたメンターという存在があってこそ成し得ていくことです。メンターの役割には「仕事やキャリアで迷ったとき相談に乗る」「成功のイメージを具体的に見せる」「人としての生き方を教える」など数多くありますが、誰もがメンターになり得るというわけではありません。人間的魅力から始まり、知識・経験豊富な人、お互い信頼関係を築ける人であることが重要となってきます。それに加えて、ただ単に親切心でアドバイスするのではメンターとして失格で、ダメなことはダメ、間違っていることは間違っていると容赦なく厳しく接することも求められます。特に、普段周りに厳しいことを言ってくれる人がいない孤独な経営者にとって、こうした存在は迷い子に道を示す神格化した教導者のように映るのではないでしょうか。

なにもそこまで真剣に捉えなくとも、気の合った友人とグチを言い合ってビールジョッキをぶつけ合えば、悩みなど吹き飛ぶということだってあるでしょう。メンターとまでは言えないまでも、そうした友人だって立派な「理解者」です。別に人生を左右するほどでもない些事においては、メンターという大げさな存在ではないほうが気分はスッキリと晴れるものです。でも、大人になっていくにつれ、そうではない瞬間のほうが圧倒的に多くなっていきます。大人になるということは何かの決断をする際に、責任を追わなければならないということなのですから。そうした時、ひとりでは解決できない、答えを出せない場面が必ず出てきます。無理にひとりで何とかしようとすると余計ややこしくなって、結局自分で投げた縄に搦め捕られてしまいます。この映画の主人公エリックもそんなふうに雁字搦めにされてしまったひとり。若いころの一時的な過ちで愛する人を失ってしまいそれを現在まで引きずっている。時間が経ちすぎたことで互いの生活環境も変わり、もう取り戻すことはできそうにない。つねに苛立っている彼は、口を開くと怒鳴り声になってしまう。そんな中、現れたのが、エリックが大ファンだった往年の名サッカー選手、エリック・カントナでした。

メンターを得ることに、もうひとつ大きな意味合いがあります。それは、「メンター探しも自分探し」であるということ。「メンターにしたい人物か」という視点で周囲の先輩や上司を見ると、逆に自分が何を求めているか見えてきます。起業したいと思っている人は起業家として活躍している人が気になるでしょうし、職人気質の人は一流の職人をメンターにしたいと思うわけです。今回の映画に置き換えると、逃げてばかりのしがない郵便配達員であるエリックと、かたやマンチェスター・ユナイテッドのレジェンドであり男気あふれるエリック・カントナ。エリックにとって、これ以上のメンターはあるでしょうか。僕もいまさらながら浜田省吾の歌を聴いてみたくなってきました。


閲覧ありがとうございます。クリックしていただけると励みになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です