ミリオンダラー・ベイビー

(2004年 / アメリカ)

トレーラー暮らしで育ったマギーのたったひとつの取り柄はボクシングの才能。彼女は名トレーナーのフランキーに弟子入りを志願し、断られても何度もジムに足を運ぶ。根負けしたフランキーは引き受け、彼の指導でマギーはめきめき上達。試合で連破を重ね、ついに世界チャンピオンの座を狙えるほど成長。しかし、思いもよらぬ悲劇が彼女を襲った。

勝者は誰だ

ミリオンダラー・ベイビー

誰しも、夢や恋やあこがれは抱くものですが、到底乗り越えられそうにない壁に突き当たったら、どうすればいいか大きな選択を迫られることになります。諦め時が肝心と言って気持ちを切り替えて別の目的を探す人もいれば、いやここで踏ん張らないと運命を切り拓くことはできないと根性論をぶつ人もいるでしょう。考えたかは人それぞれなので、どちらが正解かなんて答えがあるはずがありません。でも、ドラマやアニメなどでは圧倒的に後者が正として描かれることが多いです。特に少年向けの漫画やアニメは顕著ですが、主人公の状況を落差の激しい谷間に置き、その逆境からいかに奮起して乗り越えるかというクライマックスがなければ作品として成り立たないから、というのが主な理由でしょう。と言うのも、ドラマや映画、アニメなどの創作の成功は如何に視聴者の感情移入を得られるかにかかっているため、後味の悪いブラックユーモアや鬱ものなどといった一部の愛好家を除いた、一般大衆の心をつかまないといけないのです。その一般大衆とは、「到底乗り越えられそうにない壁」を経験してきた人たち。子供だったら力ではかなわない大人、まだ見ぬ社会への不安、そして大人だったら深いしがらみを含んだ人間関係だと思います。当然、描かれるものも、子供向けはシンプルに勧善懲悪、大人向けはもっと複雑な群像劇的な人間模様になるでしょう。でも、根本は一緒だと思います。

よって、主人公に期待されているのは、ただひとつ「勝利」です。それも単なる勝利ではなく、強大な敵や深い挫折を乗り越えての大逆転勝利。きっと、フラストレーションが溜まってがんじがらめにされている自分自身の姿を重ね合わせることでしょう。極端な例かもしれませんが、ドラマ「半沢直樹」なんかはまさにその典型ですね。銀行員というエリートかつ聖職の立場にいるはずの主人公が、わかりやすいくらい意地悪で理不尽な競合他社をコテンパンに叩きのめしたり、頭取もいる役員会議の席で上司を怒鳴りつけてなすりつけられた悪事を暴いたりする。普通だったら絶対にあり得ないことをしています。でも、半沢も普通だったらあり得ない(現実とは違った意味で)仕打ちをされて歯を食いしばって屈辱に耐え忍んできたのです。まさに臥薪嘗胆。そこまで酷いことをされて、ここは平和的に話し合いで解決しましょうなんてやったら、テレビ局はクレームの電話の嵐が吹き荒れたことでしょう。そんなのは勝利ではないと。では、半沢にとっての「到底乗り越えられそうにない壁」は、僕ら一般大衆にも同じでしょうか。程度の問題かもしれませんが、半沢が乗り越えたように、僕らも破天荒なやり方で立ち向かえば、夢や恋やあこがれに対して感じた高すぎる壁を乗り越えられるのでしょうか。

勝利の前提となったものは、主人公がもともと持っていた力ではありません。挫折があったからです。その挫折が深ければ深いほど、主人公は勇気を振り絞って挫折を乗り越えるための知恵と力を身に付け、かなわないと諦めかけていた巨悪を打ち倒します。と、ここまでは漫画やアニメの話です。現実では、そうした筋書き通りにはいかず、挫折に踏み潰されてしまうケースのほうが多いのではないかと思います。それをひとつの経験として後の糧とできたら素晴らしいです。ある意味、挫折を克服したと言えるかもしれません。次点として、諦め時が肝心として気持ちを切り替えることでしょうか。でも、そこまで上手に世を渡っていくことができる人ばかりではないです。行き詰まりを感じ、精神障害をきたして会社を辞めたり家に引きこもったり、最悪自殺してしまう人だっています。おそらく、大きな挫折に押し潰された人のほとんどが、「自分ひとりで闘ってきた」と感じているのではないでしょうか。これまで人の助けを借りず自分ひとりの才覚で生きてきたと感じている人。こういう人は誰かに頼るということを屈辱としている人です。もうどうしようもなくなったら、神や仏に願うだけでなく、近親者、隣の席の人、近所のおばさんらに、頭を下げてでも頼る。何も、解決法はカッコよくなくていいのですから。

この映画に関して、正直僕はあまり好きになれませんでした。というか、共感ができませんでした。よくわからない映画や小説に触れたとき、「考えさせられる」「テーマが深い」と評されることがありますが、何となく直感で大掴みすることはできても、これほど退屈な作品はないと考えます(この映画はそれほど難解ではないですが)。たとえ、その挫折が人間の力ではどうにもできないものだとしても、映画だったら破天荒でいいので乗り越えてほしい。刀折れ矢尽きたとしても、もう少しで手が届きそうな可能性だけでいいので残してほしい。なぜなら、現実ではどうにもならないことを映画が実現してくれると期待しているから。ベタでもいいから「正義は勝つ」を地で行くストーリーを観て追体験したいと思うのです。マギー、フランキー、スクラップという主要キャラのうち、誰がいちばん幸せだったのかを考えてみると、なんだかちょっと人生が縮まるような感じがしてしまいます。


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