モンスター・ハウス

(2006年 / アメリカ)

12歳の少年DJは、向かいの家をずっと怪しんでいた。「この家には何かある」と睨んだDJは、ある日、親友チャウダーと真相を探ると、なんとその家は生きていた!

冒険したいならお化け屋敷に行け

モンスター・ハウス

僕の生まれた町は名前が神話にちなんでいるほど歴史的に古く、また全国的に知名度もそこそこありテレビドラマや映画の舞台になったこともあります。ですが、僕が住んでいた地区は、そうした歴史を感じさせる伝統的な街並みではまったくなく、山を切り開いてできたニュータウン。スーパーマーケットと郵便局と小学校が1軒ずつ、個人商店と美容室が数軒あるほかは、住宅だけしかなく、ゲームセンターや本屋、おもちゃ屋など、娯楽につながる施設は1件もない、子供には大変退屈な地区でした。そんな中で、僕ら小学生にとって格好の遊び場となったのが、デベロッパーが打ち捨てたプレハブ小屋、山の中にあった崩れかけた廃屋、ニュータウン脇の未開発地にあった防空壕だったのです。

僕が小学校にあがる頃はすでにニュータウンの開発はほぼ終わっており、山に囲まれた中を、いくつかの空き地を除いて整然と住宅が並び立っているという状態でした。駅前の商業地区に出るにも、比較的商店の多い隣地区に行くにも、気軽には出て行かれない環境にありました。こうした周囲を閉ざされている環境と、子供特有の旺盛な好奇心が相まって、とにかく「未知の場所」に引きつけられました。それが、前述した無人の建物であり戦争時の遺構です。

打ち捨てられていることをいいことに、秘密基地を作ったり、野良犬を引っ張ってきて飼育したり、エロマンガを持ち込んだり、随分と勝手なことをしていたものです。高学年を中心に縄張り争いもあったりして、低学年は近づけない場所もあったほどです。ですが、小学校を卒業し中学校に上がる頃にはそんな冒険心は薄れていきました。いまとなっては、もうすでに周囲を囲んでいた山は崩されて新しい街区が醸成され、新しいスーパーのほかコンビニまででき、高速道路も通っています。僕らがかつて忍び込んでいた廃屋やプレハブ小屋はどうなってしまったのでしょう。おそらく、いや、きっと開発の最中に撤去されてしまったことと思います。

やはり子供というのは、親から近づくなと言われた場所にはどうしても首を突っ込みたくなるもの。この映画でもそういった子供たちの冒険が描かれています。もう大人になってしまった僕がもし彼らの立場に立ったとしたら絶対にそこには近づかないでしょう。なぜなら、下手に関わって面倒事に巻き込まれたくないという自制心が働くからです。これはなるべく上手く世の中を立ち回ろうとする大人なりのロジックなのですが、子供にとっては理屈云々ではなく好奇心を満たすことこそが正義。子供が成長していくということは、知らないことに対する探究心を無限大に高めていって自分自身の立ち位置に気づいていくことと同義なんだと思います。

さて、僕は東京で生活するようになって10年以上たちますが、東京というのは公園の数は多いのですが、「未知の場所」というものがあるでしょうか。あたりは住宅やマンションがぎちぎちに寄り固まっていて、子供が冒険できそうな場所というのが見当たらないような気がします。週末にファストフード店で食事をしている時、小学生が集団でDSをやっているのを見ると、「未知の場所」が人工の製造物に置き換えられてしまっているという印象を受けます。これが時代の流れなのかもしれませんが、僕が「未知の場所」に入り込むときに感じた、探究心や好奇心、緊張感、不安感、恐怖心が入り混じった武者震いを、いまの子供たち(特に東京都心の)が感じる機会があるのかちょっと疑問です。


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