NARC ナーク

(2002年 / アメリカ)

麻薬捜査の潜入捜査員であるニック・テリスは、ある潜入捜査で犯人を追う時、流れ弾で妊婦を撃ち、胎児を殺してしまう。18ヶ月の待機処分をうけた後に、殺された麻薬潜入捜査員マイク・カルベスの事件解決に協力するように上司から命じられる。

英語スラングが持つ奥深さ

タイトルの「narc」とは、麻薬取締官、密告者、タレコミ屋という意味の俗語だそうです。麻薬取締官という正式な国家公務員と、裏社会で暗躍する無法者というイメージのあるタレコミ屋が同義になっているところが奥深いところだと思います。麻薬取締官の仕事は、文字通り麻薬の取締が主で、薬物犯罪の捜査や不正ルートの解明、正規麻薬の不正使用の監視などが含まれます。これは日本もアメリカも機関の違いこそあれ同じでしょう。これに対し、密告やタレコミですが、こちらは必ずしも直接法を犯すことではないものの、それでも犯罪行為を情報面で支援することになるため共謀や情報詐取などに問われることがあり得ます。英語圏では、これら正反対の物事を一語で言い表してしまうのです。

しかし、麻薬捜査官が第一義で、密告者とタレコミ屋は後から派生したと考えると、麻薬捜査官という仕事の性格について考えてみなければなりません。まず、そもそもタレコミとは、警察や報道機関に犯人情報、手がかりを密告するという意味です。要するに、タレコミ屋はヤバい人や団体からヤバい情報を仕入れてくる人のことなので、当然彼はそのヤバい人たちからある程度信頼されていなければならず、警察官など情報を受け取る人からも「こいつはカネ目的で情報を流すだけなので悪いことにはしない」というお墨付きをもらう必要があります。テレビなどで警察に情報を渡した後「お、俺は関係ないからな!」と言い捨ててコソコソ逃げるところからして、現実もそう大差ないと思います。

なので、対象の内部に取り入って重要な情報を入手するスキル。タレコミ屋なら世渡り上手で済まされるのかもしれませんが、警察や公的な機関においては「潜入捜査」と言うはずです。自身の真の身分を隠してマフィアなどの対象組織に潜入し、犯罪者に偽装するだけではなく、しばしば犯罪者その者となって違法な活動に手を染めることもある捜査。アメリカではこの手法が用いられるケースが多いとのことです(日本でも麻薬取締官は捜査にあたって薬物を譲り受けることができるなどのおとり捜査が可能)。

中でも、違法薬物、武器取引、資金洗浄、脱税、売春斡旋、テロ対策などで多用されるようなので、麻薬がらみの事件はまさにヤバいヤマであり、本腰を入れた麻薬捜査に潜入捜査は付きもの。アウトロー集団になりすまさねばならないので、タレコミ屋以上の度胸がいります。麻薬捜査官とタレコミ屋は「narc」という言葉では同義ですが、麻薬捜査官が絶対的に第一義でありタレコミ屋から派生するということはあり得ないのです。

この映画は、まさにそういった麻薬捜査で潜入した刑事と、貧民街で暗躍する麻薬中毒者との激しいぶつかり合いが描かれています。かつて潜入していた同僚が殺害された事件を掘り起こし、真犯人を追うというストーリーです。ですが、この映画において本当に注目すべきは、刑事とジャンキーたちとのスラング飛び交う罵り合いやバイオレンスアクションではなく、お蔵入りになりかけていたこの事件の捜査をやり直し、犯人探しに血道を上げることとなった真相です。そのカギを握るのが、殺された刑事とバディを組んでいたオーク刑事の過去。タレコミも密告も出処が出処だけに、その情報が真実なのか嘘なのかわからない。だけど、たとえ嘘であっても嘘であってくれたほうが幸せに生きられる人がいる。

「narc」に限らず、英語のスラングにはこうした奥深い意味が込められているものが数多くあるのではないかと思わされました。


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