プルーフ・オブ・ライフ

(2000年 / アメリカ)

国際的誘拐事件を専門に扱う、保険会社の敏腕交渉人テリー。南米の国テカラで反政府ゲリラに誘拐された、アメリカ人のダム建設技師、ピーターの事件を担当することになった。ところが交渉半ばにして、ピーターの会社が経営危機から保険をキャンセルしていたことが発覚。一度は事件を離れるテリーだが、ピーターの妻アリスに哀願され、独自に交渉を進める決意をする。

あなた自身の存在証明とは

プルーフ・オブ・ライフ

会社のプロジェクトに携わっている南米のとある国にて、武装ゲリラ集団に誘拐されたエンジニアのピーター。彼を救出すべく敏腕交渉人テリーが、ゲリラと無線での交信を通して居場所の手がかりを掴んでいくと同時に、ピーターのプルーフ・オブ・ライフ(生きていることの証明)を確保していきます。交渉人としてはゲリラ側とピーターの引き渡し交渉すること自体をピーターが生きているという事実として捉えるわけですが、反対にゲリラ側としてはピーターはただの人質であって身代金をふんだくることだけをピーターの存在価値とみなします。そうやって付かず離れずの状態を保っていって、双方のメリットをギリギリまですり寄せていきながら交渉を続けていくことが交渉人としての商売の本領であるのです。

と、ここまではいいのですが、ふと自分のことを誘拐されたピーターの立場に置き換えてみて、果たして僕自身のプルーフ・オブ・ライフはいったいいくらなんだろうと考えてしまいました。その前に、ちょっと不謹慎な例ですが、企業の駐在員が現地で誘拐されたとして身代金の相場となるのは、その誘拐された人の価値というより所属している団体、この場合企業の価値によって左右されるのだと考えました。企業の価値といってもさまざまですが、規模や売上高はもちろん、現地でどのようなプロジェクトに携わっているか、またはどういった競合とせめぎ合いをしているのかも関係してくるはず。つまり、ある一定の条件を満たしたり期待できるとなると一気に身代金の金額が跳ね上がる、投機の場と化した株式市場のようなものなのかもしれません。

企業側としてはその地で勝ち取った権益を見捨てたり競合に奪われたくもないし、下手に警察に任せたもののしくじって人質を殺され現地での企業の評価が大暴落するという悪夢は見たくないです。したがって、ろくに交渉もせずにどのタイミングが身代金の底値なのか推し量る余裕もなく、ほぼ言い値で支払って解決しようとしてしまうものなのかもしれません。これは企業の対応だけでなく、一般人レベルでも同様だと思います。たとえば、自分の子供が誘拐されて犯人から身代金の要求があれば、とにかく子供の命だけは助けてもらいたいので、警察を通さず言われた額を支払おうとするはずです。犯人もその点は心得ていて、ターゲットの親子関係など下見は念入りに行うし、身代金もその一家なら無理すれば払える金額を設定してきます。親というのは、目に入れても痛くない子供のためなら、たとえ一生返済に苦しむ額を求められても用意しようと盲目的に考えてしまうものですから。

では、翻って僕のプルーフ・オブ・ライフ(組織の中での存在価値、周囲の人からの信頼など)とはいったいどのくらいなのでしょう。人間を定量的に数値化することなどしてはいけないことではありますが、もし僕が誘拐されたら犯人グループはいったいどのような基準で僕の身代金を算出するのだろう。それを自分自身の現段階で推し量ることは難しい(というかそんなことする意味がないけど)のではありますが、少なくとも日頃から周りからの評価や見られ方に敏感になって自重と猛省を繰り返していけばわかってくるようになるのかもしれない。誘拐されることが屈辱なのはもちろんですが、実際そうなった時、自分の身代金額を聞かされてがっかりすることのないようにはしたいものです。


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