ボーダー

(2008年 / アメリカ)

ニューヨークで証拠不十分のため釈放された悪人ばかりを狙った連続殺人が発生する。ベテラン刑事・タークとルースターも捜査に乗り出すが、意外な真実が浮かび上がり…。

両A面的商法にご注意

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「ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノという2大スターの豪華共演」。このキャッチコピーで心奪われた人は多いでしょう。それはなにも、以前から彼らふたりのファンだったかどうかは関係ありません。どんな映画でも単体で主役を張れる実力派俳優、往年の名作に出演して名優の称号をほしいままにした伝説的俳優など、誰もが知っている俳優がふたりも同じ作品に出演しているというだけで、無性にワクワクしてくるのは当然です。これは、一度にふたつの映画を観たような濃密な時間を過ごせるといった、限りなく得をした感覚を味わえるからだと思います。

デ・ニーロとパチーノという組み合わせにピンと来ない人は、別の俳優で置き換えてみるとわかりやすいと思います。シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツネッガー、ジョニー・デップとブラッド・ピット、クリント・イーストウッドとモーガン・フリーマンなど、完全に僕の思いつきでありますが、こういうペアが主演するのなら内容度外視で観たいと思ってしまいます。いずれも人気俳優ということで、双方のスケジュールやギャラを調整するのは至難の業でありキャスティングは難しいだろうと容易に想像つきますが、だからこそ「観たい」と思わせる要因になるのでしょう。映画館の料金、DVDのレンタル料金は一律なわけですから、同じ料金を払うにしても観る価値のあるほうを選びたいというのが人情。目当ての作品は特になく、何となく映画を観ようと思っている人たちにとって、この二重のネームバリューは絶大な訴求効果を発揮することでしょう。

しかし、超有名な俳優がふたりも出ていればそれで内容はどうでもいいと思わない人だっています。いやむしろ豪華ペアだからこそ、彼らの強すぎる個性が十全に散りばめられ、それでいてストーリーに破綻がない文字通り「一粒で二度おいしい」体験が期待されるのです。これは大変なプレッシャーだと思います。固定観念のありすぎる豪華俳優をいかに自然にストーリーに溶け込ませ、その一方で彼らの持ち味を存分に見せつけなければならないわけですから。彼らに抑えた演技をさせて「新しい一面を出してもらいました」では、別の俳優をキャスティングすればよかっただけの話です。どちらか一方の主演であればそれでいいかもしれない。でも、二大スター共演を謳うのであれば、あくまでもお客は彼らふたりの有機的な化学反応を期待しているのだから、一方を出そうとすれば一方を引っ込ませざるを得なくなり、そうでなければどちらの持ち味をも殺してしまうことになります。

そう言えば、ちょっと前から、両A面シングルという触れ込みで音楽CDを販売する手法を目にするようになりました。これまでのCDやレコードはドラマの主題歌やCMソングになった曲をA面として売り込み、もう一方(B面)はおまけ的側面が強かった。ですが、iTunesなどを利用したインターネット経由での音楽購入が普及してCDが売れなくなりだすと、おまけ扱いだったB面に何かしらタイアップをつけることでA面化するという戦略に打って出ます。要するに、二枚看板です。CDに収録された二曲ともイメージソングとして採用されたという箔が付いた状態で売り込むわけですから、買おうと思っている人は得をしたと感じるのです。とはいうものの、これはもちろん購買意欲を掻き立てる心理的な商法にすぎないわけで、売れなくなった時の最終手段という苦肉の策だという台所事情は把握しておくべきかと思います。

さて、この映画ですが、残念ながら両A面CD的なにおいが感じられた作品でした。僕がデ・ニーロ、パチーノ両名に思い入れがない、というかあまり知らないという事情もありはしましたが、「2大スター共演」という触れ込みだったからこそ妙な期待感だけ先行してしまい、割と予測可能だった結末に壮大な肩透かしを喰らったという失望感を得るに至ってしまいました。それどころか、誤解を恐れず言ってしまうと、双方が存在感を打ち消し合っているという印象が付きまとってしまい両A面どころか両B面的な内容に思えてしまいました。そう感じてしまった根拠は、両A面として売り込もうとする動機、つまりネームバリューだけで人を集めて儲けてやろうという動機がビシビシと感じられたことによります。これはもちろん、僕個人の意見であり、観る人によって異なりますので悪しからず。


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