バビロンの陽光

(2011年 / イラク)

2003年、イラク北部クルド人地区。フセイン政権の崩壊から3週間後、戦地に出向いたまま戻らない息子を探すため、老いた母は旅に出た。12歳の孫アーメッドを連れて。わずかな現金しか持たない祖母と少年は、ヒッチハイクをしながら、バスを乗り継ぎ、砂漠の中を進んでいく。

民族の意志を受け継ぐ者

バビロンの陽光

この映画は、2003年にアメリカが引き起こした戦争によってサダム・フセイン政権が崩壊した後のイラクを描いた作品です。それで主人公も当然イラク人だと言いたいところですが、行方不明の父イブラヒムを捜すアーメッドとその祖母は北部クルド人居住区の出身。つまりクルド人です。彼らはヒッチハイクをしたりバスを乗り継いだりしながら、イブラヒムが収容されているとされるナシリヤを目指しますが、その間、クルド語が通じなかったりボッタクられたりで旅は難航。ようやくナシリヤに辿り着いたもののイブラヒムの消息はつかめず、またそれらしき情報を得はするものの空振りに終わります。そんな中、失意のままバグダッドに戻る途中、乗っていたバスが故障し徒歩で移動するはめに。バスの中で、アーメッドたちを放っておけないというイラク人男性と行動を共にしながら、彼ら3人はバビロンの共同墓地へと辿り着きます。砂漠の砂の中に無数に埋まっている人骨を手にしながら、肉親のものか確認する術を知らないまま悲哀の涙を流す捜索者たち。かつてフセイン政権下に行われたクルド人虐殺の過去と、名前もイラク人かもクルド人かもわからない白骨化した人骨が無数に砂に埋もれている現実。イラクの誇りである古代遺跡バビロンもアメリカ軍によってメチャメチャにされてしまい、イラクに住む人たち全員がイラクという国を失いかけていた。クルド人のアーメッドはその後どうなったのか、思いを馳せずにはいられなくなる作品でした。

ところで、クルド人はもともと遊牧民族。トルコを中心とした中東地区に住んでいたのですが、セルジューク・トルコをはじめモンゴル帝国、オスマン・トルコの支配を受け、第一次世界大戦後のセーブル条約でクルドの独立が承認されたもののケマル・アタチュルクはその約束を反故にしてしまいました。その後、クルド人の住む地域は各国内にてクルド人自治区(クルディスタン)として居住を許されはしましたが、「国家」ではないためクルド人たちは独立を求めて行動を起こし始めます。しかし、その行動すら利用されてしまいます。イラン、イラク、シリア、トルコなどのイスラム国と対立を続けてきたユダヤ人国家イスラエルとそれを支援してきたアメリカは、クルド人に武器を供与し国内からテロ行為を行わせてきたのです。イスラエルの国益を追求するために、アメリカはクルド人のテロ行為を奨励してきたといえるでしょう。そのため、クルド人に対する迫害は、アメリカが相手国を攻撃する格好の材料となりました。その代表的な迫害が、1988年に起きたハラブジャ事件です。ハラブジャはイラク東部に位置しクルド人が多数を占めていましたが、イランに協力したとのことでフセイン政権が化学兵器を使用して住民の殺害を企図。死者5,000人、負傷者10,000人とも言われる犠牲者を出しました。2003年のイラク戦争後、クルド人地域は自治政府が設立。2006年以降、比較的平穏な状態を保ってきましたが2014年になり、イスラム国の侵攻にさらされることとなりました。

国を持たない民族というとユダヤ人を連想しますが、アーメッドたちイラクに住むクルド人のアイデンティティはいずこにあったのでしょうか。独立を是としていたクルド人ですので、イラク兵として従軍しイラクのために死ぬことに誇りを感じていたとはちょっと考えられません。そうすると、アーメッドの父イブラヒムは結局どのような死に方をしたのかが気になります(死んだかどうか映画では明らかになっていませんが)。勇敢に戦ってアメリカ軍の銃弾に倒れたのか、クルド人として迫害されて死んだのか、それとも独立運動を企てているうちに発覚して殺されたのか。どれが正解なのかは当然のこととしてわかりません。おそらくイブラヒムの骨はバビロンの共同墓地にはなかったでしょう。しかし、どのような最期を遂げたのかは息子のアーメッドにとって非常に重要な意味を持つことになります。父の生き様は息子が受け継ぐことを考えると、アーメッドはどうしてもそれを知らなければならないはずです。その結果、クルド人独立の闘士になるか、はたまたイラク復興のための人士になるか。そうした親子間における意志の継承をズタズタにするのが戦争であるというのはただただ悲しいことであります。


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