ハドソン川の奇跡

(2016年 / アメリカ)

実際にあった航空機事故に隠された真実を描いたドラマ。N.Y.の上空で飛行機が制御不能に陥り、機長・サリーはハドソン川への不時着を成功させるが…。

英雄になれる人なれない人

ハドソン川の奇跡

この映画の下地となった、2009年1月のUSエアウェイズ1549便不時着水事故は、当時ニュースで大々的に取り上げられていたので、僕もよく覚えています。事故の原因や経緯以上に、乗客や一般人が携帯のカメラで現場の写真を撮ってツイッターなどのSNSで投稿したことで、これまでの報道の在り方を根底から覆すきっかけとなった事故として強く記憶に残っています。テレビよりも早く第一報を送ったのは、近くを航行していたフェリーの乗客だったそうです。機体がハドソン川に着水し両翼の上に乗客が避難している画像は、全世界に拡散され、テレビなどの既存大手メディアもツイッターを引用する形で事故を報じました。いまではSNSが記事の正確性には劣るものの速報性において既存メディアを凌駕した感はありますが、もしかしたらこの事故が大きな転換点だったのかもしれません。僕もSNS、ひいてはインターネットの可能性を感じた瞬間であったし、いま考えてみればIT業界に転身する大きな動機づけとなったことは間違いないです。だからか、この事件のその後のことについての記憶はほとんどありません。

事故について、ハドソン川に不時着水したものの、乗客乗員全員無事だったということだけは覚えていました。でも、それで終わりではなかったのです。映画を通して知ったことですが、事故後、サレンバーガー機長は事故調査委員の追及により容疑者にされそうになったとのことでした。バードストライクにより両エンジンが停止したため、近くの空港に帰還できないと判断した機長がやむを得ずとった手段だったのですが、委員たちはシミュレーションの結果を踏まえて空港への帰還は可能だったと主張。あの緊急事態の中、マニュアルに則り冷静に対処した機長はじめとするクルーの働きは考慮せず、まるで事故が起きることがわかっていたかのように機械的にシミュレートし機長らの判断は間違っていたと迫るのです。事故直後は「英雄」と称えられた機長ですが、一転して容疑者になるかもしれないという思わぬ事態に。果たして機長の名誉はどうなるのか、というのがこの映画の主眼ですが、その対立軸は人間と飛行機ではなく、人間と人間でした。

ビジネスにおいても、一般的な人間関係においても、論理的思考能力と経験的判断力はどちらがより重要かはしばしば意見が分かれます。人を説得させるのは論理的のほうで、とっさの機転で危機を回避できるのは経験的判断力のほうでしょう。このように、どちらも大事であることは明らかなのですが、論理を重視しすぎると現場で即応ができずチャンスを逃してしまうことになり、経験に頼ると言ってもノウハウのまったくない未踏の分野には活かせません。バランスよく物事に対処する、といった絵に描いたような理想の人材なんてそういるわけないし、ましてやその企業の風土というか戦略でどちらか一方に染まるほかないケースもあります。でも、一人ひとりの考え方は違うので組織内で齟齬が発生するのは当然ですが、志をともにして同じ目標を達成することは可能です。そこが人間のすごいところだと思います。この映画で争点となっていたのは「人間性」でした。一方がもう一方の人間性を見落としていたのです。見落としていた人間性とはいったい何か。それがわかるのは、たぶん「英雄」と呼ばれる人なんじゃないかと思いました。


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