迷子の警察音楽隊

(2007年 / イスラエル)

文化交流の為イスラエルに招かれてやってきたエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊。何故か空港に出迎えは無く、自力で目的地に辿り着こうとするうちに、彼らは一文字間違えてホテルすらない辺境の町に迷い込んでしまう。

手違いから生じる国境を越えた触れ合い

外国の街に到着した早々、当初予定していた計画が狂い、どうしたらいいかわからず途方に暮れてしまった経験は僕にもあります。もうずいぶん前の話になりますが、中国の北京を初めて訪れたときのことです。当時は旅慣れていなかったこともあり、ホテルは行き先さえ把握しておけば部屋にありつけるということが当然だと思い込んでいました。それで、ガイドブックで見つけた、ロケーションがよく一泊の料金も手頃なゲストハウスを目当てに、空港からバスで市内へと向かいました。ガイドブックに書いてあったとおり、目印のホテルの前でバスを下車し、地図を頼りに探してみました。しかし、それらしきところに看板は出ていないし、そもそもゲストハウスどころか人が住んでそうな雰囲気でもありません。仕方ないので、目印にしたホテルに戻りフロントで聞いてみました。すると、そのゲストハウスはすでになくなってしまったとのこと。別のゲストハウスがこの近くにあるとも教えてもらえましたが、その方面は真っ暗で夜中に外国人ひとりでいくには危険と判断して断念。ちょっと行けば適当なホテルが見つかると楽観的に決め込んで、大通り沿いを歩いてみることにしました。

そのガイドブックは最新版ではなかったし、ネットでろくに下調べをしてこなかったし、そもそもホテルを予約していなかったという初歩的なミスを犯していたことがこの惨めな結果になったことは、歩けども歩けども適当なホテルが見つからない状況の中で実感しました。その当時は本当にお金がなく、1泊3000円以上のホテルは考えられないという事情があったため、大通り沿いに林立する高そうなホテルは当然のことながら素通りするしかありません。ちょっと路地の奥のほうをのぞくと安そうな旅館はあるにはあるのですが、薄暗いし汚らしいし怖いし飛び込んでいく勇気が出ません。もうこの時点で夜の10時過ぎ。周辺がビジネス街だったこともあり、行き交う人はほとんどなく、レストランや商店もほとんどがシャッターを降ろしています。さすがに焦りが生じてきて、このまま宿が見つからずいつまでも街を放浪するはめになるのかと絶望の色が濃くなってきた最中、ひとりの女性に声をかけられました。

こう言っては失礼ですが、めかし込んでいる印象はなく、地方から出稼ぎに来たのだろうと察せられる貧相な風貌だったので、娼婦ではないなと少し安心はしました。ポン引きやぼったくりバーの客引きの線もありましたが、僕としては渡りに船だったので拙い中国語で事情を説明。理解してくれたらしく、付いてくるよう合図をしてめぼしいホテルまで先導しては空き部屋と値段を聞きまわってくれています。ただ、僕の予算と折り合いがつかないことを伝えると、それならばとバス停まで連れて来られ、やって来たオンボロの二連結バスに乗るよう促されました。もうどうにでもなれ。僕は彼女についてバスに揺られること30分ほど。いかにも北京庶民が暮らしているような非近代的な場所で一緒にバスを降り、彼女が僕を1軒のホテルに案内しました。1泊180元(当時のレートで2700円ほど)。部屋も小綺麗だし、地下鉄駅も近いとのことで僕としては異論ありません。バス代として彼女に80元(1200円ほど)請求されましたが、最悪身ぐるみ剥がされて路上に打ち捨てられることも覚悟していただけに、快く手渡せました。その後、彼女は、帰りの空港までの足も確保すると言って僕に電話番号を渡して去って行きました(結局、自力で帰りましたが)。

おそらく、彼女としては純粋な親切心というより、金儲けのタネとして僕を助けたのでしょう。でも、僕にとっては窮地を救ってくれた人に他ならず、80元はそのためのお礼として考えればまったくもって安いものです。それに、北京を初めて訪れた瞬間にこんな冒険ができたのも、いま考えれば貴重な体験だったし、日本にいては間違いなくできない体験だったとも思います。この映画を観て、かつての記憶が突如浮上してきたのは必然でした。エジプトからイスラエルにやって来た主人公たちが、当初予定していた計画とは違う、まったく想定外の事態に遭遇してしまったのは、まさにかつての僕そのものです。きっかけは、ほんのちょっとした手違いとか勘違い。そうした運命のイタズラとも言うべき作用が働いて、思いも寄らなかった現地人との触れ合いが生じたのです。奇しくも、日本と中国、エジプトとイスラエルという、共に政治的な問題を抱えている国の出身者同士での出来事。政治ではいがみ合っていても、一般人レベルではなんともないということは往々にしてあり得ることです。それを実感できるのは、ツアーで訪れる観光地やデパート、ホテル、免税店などではなく、ちょっとした計画倒れから生じる現地人との触れ合いなんじゃないかと思います。


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