ボーン・スプレマシー

(2004年 / アメリカ)

ボーンは、恋人とインドに潜んでいたが、何者かに追われ、恋人が命を落としてしまう。自分が、ベルリンで起きた殺人事件の容疑者とされていると知った彼は、自らCIAを挑発するかのようにイタリアからドイツへと向かう。

スパイになれる人なれない人

ボーン・スプレマシー

「スパイ」という響きに、つい劇画的なカッコよさを連想してしまうのは、現代の日本がいかに国家を運営するにあたり「情報」の重要性が二の次にされており、国民にも認識されていない証拠だと思います。ビデオレンタル店に行けばスパイ映画はいくらでもあるし、本屋に行けばスパイを主人公にした推理小説は掃いて捨てるほどある。で、たいていその中に出てくるスパイは、颯爽としたスーツを着込んだ美男であることがほとんどで、身のこなし軽く、女性の扱いが非常にうまい。世界平和を脅かす悪の組織に潜り込んで協力者を得、美女との馴れ初めも経ながら、華麗に国家的危機を解決するというのが定番中の定番。「007」なんかでおなじみですね。だから、スパイは銀幕あるいは液晶画面の向こう側の存在であり、現実社会、少なくとも平和な日本には存在しないなんて思っている人は結構いるのではないでしょうか。さすがにウルトラマンや仮面ライダーみたいな正義のヒーローと捉えている人はいないと思いたいですが、危機を人知れず未然に防いでくれる「カッコいい人たち」と考える風潮は感じ取れます。

では、実際のスパイは何をしている人たちなのかというと、敵対勢力などの情報を得るため諜報活動などをする人のこと。国家戦略などの超国家機密はもちろん、軍事、産業、金融、歴史認識といった幅広い分野にまで潜り込み、単に情報を奪うだけでなく、民衆を扇動して国家を麻痺状態にしてしまうことだってします。その手口は非常にシンプルで、ターゲットを完全に信頼させること。重要な情報を扱っているターゲットがおいそれと教えてくれるはずはないため、少しずつ接近して「あぁ、この人だったら」と心を開いてくれるまで心理的距離を詰めていく。そして、たとえ関係ないことでも「ここだけの話だけど」と切り出してくれるようになったら、もう目的は達成したと同じなのだそうです。凶悪事件の容疑者に心優しく接して、ポロリとこぼすのを待つ新聞記者もスパイみたいなものかもしれませんね。心理的な距離だけじゃなくて、金や女でコロッとなってしまうターゲットもいるようですが、ターゲットの弱みは徹底的に事前調査しておくのがスパイたる所以でしょう。

とは言ったものの、なんか違う、こんなのスパイじゃないという声が聞こえてきそうです。スパイはビシっとスーツを着込んで、ワイン片手に美女とダンスをし、渋い顔つきで拳銃を構え、格闘では負けを知らず、愛する人のために任務を遂行するというロマンチストじゃなかったの? まぁ、スパイによってはそういう面を持ち合わせている人もいるでしょう。でも、逆にこういったイケてる男性はスパイに向いていないのです。というのも、スパイに向いている人の資質として、「存在感のない地味な人」「積極性の欠ける人」「優柔不断な人」が挙げられるとのこと。目立たない、自己顕示欲が強くない、すぐに意見が変わる、こうした、映画の主人公にまったくなれないタイプの人こそが本物のスパイなんです。言われてみれば、モデルのようなイケメンだったり、すぐ口を滑らすお調子者だったり、意志を変えず変幻自在でない人は、むしろ芸能人や芸術家になって、おおいに名を世間に知らしめたほうが本人も楽しいでしょう。スパイの仕事というのは、暗闇の中、地を這うようなものばかりなのですから。

そういった意味で、マット・デイモンはスパイ向きなのかもしれません。容姿はお世辞にも美形とは言えず、むしろ地味だし、大衆の中に混じったらもう見つけられなくなってしまうほど。だから、ものすごく幼稚な結論づけかもしれないけど「007」を観てしまったら、彼はスパイに思えない。でもこれは映画作品での基準であって、実際のスパイ基準ではありません。現実に即して考えて見れば、007はスパイとして失格で、マット・デイモンのような人こそがスパイらしいです。映画自体もそんな彼のスパイ的素質をいかんなく見せながらテンポよく進んでいき、アクション、カーチェイスの連続で観ていて飽きません。役柄としては記憶を亡くした元CIAエージェントで、罪をなすりつけられ追われる身となりながら、真相を解明していくサスペンス要素も申し分なし。また、前作ではボンド・ガール的な女性が登場しましたが、今回は登場せず。そうした“脱007”を感じさせるストーリー展開も好感。もうスパイ映画の主人公は、ぜんぶマット・デイモンでいいや。


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