クレイジーズ

(2010年 / アメリカ)

細菌兵器を乗せた軍用機が、ある小さな町の川に墜落した。漏れ出したウィルスにより水を飲んだ人々は次々と狂暴化、平和な町はパニックに陥る。軍は事件を秘密裏に処理するため、住民を隔離し始める。

なかったことにすればいいという大罪

クレイジーズ

感染症が発生するには3つの要素が必要とのこと。その3つとは、「感染源」「感染経路」「感受性のある人(感染を受ける可能性のある人)」のことだそうです。ひとつひとつ見ていくと、感染源とは病気の原因となる細菌やウイルスなどの微生物をもっている物や人のことで、感染経路は病原体が体の中に入って行く時の経路、感受性のある人というのは抵抗力が弱く感染しやすい危険性のある人のことを言います。この3つのうち、どれかを断ち切ることができればパンデミックに発展することはないのですが、問題はどの段階で遮断できるかにかかっています。感染源を根絶することが最良であることは言うまでもありません。感染経路に乗ってしまったとしても、予防接種や外出を控えることで被害を最小限に抑えることができます。では、感受性のある人に感染してしまったらいったいどうすればいいのでしょうか。

現代の医学をもってすれば、ちょっとやそっとの感染症ならワクチンで対抗できるだろうし、派生系の感染症ならワクチンの改良で対応可能でしょう(時間経過や派生の程度によりワクチンの開発が間に合わないかもしれませんが※推測です)。しかし、既存のワクチンでは対処できない新種のウイルスが発生し、パンデミックの警告がなされたとしたら、私たち人間が種を存続させていくためにすべきことは、感染していない人を感染させないこと、そして感染してしまった人を感染していない人から引き離すことです。

これがちょっとの風邪だったら一日会社を休む程度で済みますが、ワクチンの存在しない新種のウイルスに感染してしまったら、自宅療養では済みません。感染症指定医療機関の隔離病棟への収容を余儀なくされるでしょう。ですが、これはあくまでも人間に対しての処置です。もし牛や鳥などの家畜が感染症にかかってしまった場合、どうなるでしょうか。近年大流行した鳥インフルエンザにより10万羽以上のニワトリが「殺処分」されたというニュースは記憶に新しいでしょう。詳しいことは知りませんが、たとえ殺処分するにしても家畜とともに病原菌も一緒に殺さなければならないため、どのような手段にせよ念入りに実行されるのだと思います。

この映画は、一見、ゾンビ化した市民から逃げ回る典型的なホラー映画に見受けられますが、実際は人間による人間の殺処分という世紀末的な恐怖を描いた作品です。感染の原因は自然発生ではなく、明らかに人為的なものです。失態を犯した側の人間は、その影響で苦しんでいる人たちを救おうとすることなく、その失態を帳消しにしようと街全体の焼却処分という手段を取り、すべてをなかったことにしようと画策します。そして、感染しているいないにかかわらず、市民のことを「クレイジーズ」と呼ぶのです。主人公たちには凶暴化した市民の魔の手が迫る一方、軍による焼却処分という絶望的な計画を前にし、八方塞がりとなってしまいます。いったい誰を信用すればいいのか、いったいどこに逃げればいいのか。最後まで目が離せない緊迫感あふれる作品でした。

殺処分で思い出しました。家畜やペットが殺処分されるのは、何も感染症に侵されたからという理由だけではありません。それは、保健所が引き取り、飼い主もしくは譲渡先が見つからなかった犬や猫がたどる道でもあります。処分された数は平成24年度で16万匹以上にのぼり、数だけを見ると感染による殺処分より多いかもしれません。平成16年度は39万匹だったので減ってきてはいるのですが、それでも莫大な数です。引っ越しや転勤などの理由はあるにせよ、最後までペットの面倒を見ず、邪魔になったら保健所に預ければいいと思っている人こそ、この映画から何かを感じ取ってほしいと思いました。


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