アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち

(2015年 / イギリス)

1961年、イスラエルのエルサレムでは、歴史的な裁判が開かれようとしていた。被告は、アドルフ・アイヒマン。第二次世界大戦下のナチスの親衛隊の将校であり、「ユダヤ人問題の最終的解決」、つまりナチスによるユダヤ人絶滅計画を推進した責任者である。

ドキュメンタリーの主役は誰だ

アドルフ・アイヒマン。ナチス・ドイツの親衛隊幹部として、主にユダヤ人からなる数百万の人々を強制収容所に移送する指揮的役割を担った人物です。オーストリアでの少年時代は顔立ちがユダヤ人に似ていたことから、ユダヤ人の友だちが多かったそうですが、ヒトラーの演説を聞いて考えが一変。「総統の演説を聞いてから、自分はドイツ民族の敵であるユダヤ人と仲良くしていたことに腹が立った」とし、ユダヤ人に対する感情を燃やしていきます。しかし、ナチ党員からも、顔立ちが似ている、たまたま党員カードを所持していなかったことで、酷い暴行を受けたことがありました。また、党の指導者たちからユダヤ人のスパイなのではと疑われたこともあり、その反発からアイヒマンはますますユダヤ人への憎悪を深化。ヒトラーへ心酔していくとともに、積極的にユダヤ人迫害を行うようになっていきました。いつしかアイヒマンは親衛隊員となり、ナチスの忠実な将校への階段を上っていきます。そして、アイヒマンに、のちに世界史に残る重要な任務が与えられました。ドイツが占領した国々から捕らえてきたユダヤ人を列車で各種の強制収容所へ輸送するという任務です。

当時ナチスは「ユダヤ人問題の最終解決」という計画を進めており、その最高責任者であるハインリヒ・ヒムラーは、ヨーロッパにおけるユダヤ人の絶滅を実行する強制収容所を掌握していました。そのひとつであるアウシュビッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスに、この収容所でユダヤ人を皆殺しにするようにとの命令を下しました。その頃実績が注目されていたアイヒマンは、40万ものユダヤ系ハンガリー人を列車輸送してアウシュヴィッツのガス室に移送。悪名高きチクロンBガスを使用した方法で、1日に2000体、ガス室が増設されていくと9000体焼却したこともあったといいます。アイヒマンは、人々が死んで行く様子を観察し、収容所の職員たちにはタバコや酒を配って激励したそうです。ドイツの敗戦が濃厚になっても、「たとえドイツが負けることになろうとも、これだけはやっておかねばならない」として、敗戦前の数週間はこれまで以上の数のユダヤ人がガス室に送られたと言いますから、狂気以外の何が彼を駆り立てたと言えるでしょうか。

この映画は、1961年にイスラエルで行われた、いわゆるアイヒマン裁判のテレビ中継を手掛けた男たちの物語。逃亡先のアルゼンチンで拘束されたアイヒマンは、エルサレムの劇場で公開裁判にかけられました。イスラエル人(大半がユダヤ人)は、この裁判を第二のニュルンベルク裁判にすると息巻き、大いに注目されました。そんな中、テレビクルーは、プロデューサーであるミルトンと監督レオとの軋轢で青色吐息でした。文字通りの劇場型としての番組を作りたいミルトンと、アイヒマンの表情をとらえ悔恨の情を示すかどうかに迫りたいレオ。なかなか感情を表さないアイヒマンにレオが苛立ち、証言者が法廷で卒倒した決定的シーンを取り逃したことにミルトンが激怒します。イスラエル人(ユダヤ人)のベテランクルーは、アイヒマンへの憎しみで倒れ、ほかの若いクルーもあまりの凄惨さにひとりまたひとりと編集室を離れます。

映画の焦点としては、アイヒマン自体の歴史的犯罪という側面は薄く、あくまでもアイヒマンをカメラ越しに睨みつける男たちの人間模様です。だから、見方によっては淡々としたドキュメンタリーのドキュメンタリーになってしまうきらいもあります。裁判では言質を取れば勝ちです。でもそれは、アイヒマンの、さらにはナチス・ドイツの闇を浮き彫りにできたわけではなく、アイヒマン裁判という歴史的事実をなぞっただけとも言えるでしょう。それに、登場人物の掘り下げが十分でなく、曰く付きの監督であるはずのレオですが、バックグラウンドの描写がほとんどありません。そのため、レオとミルトンという対立軸がどうも収録現場でよくあるスタッフ間のやり取りにしか見えず、だったらナチス時代のアイヒマンにもっと迫ったほうがよかったように思いました。そんな中で、印象的だったのは、レオの滞在先のホテルでフロントを務めていた女性のセリフ。彼女はかつて収容所にいて腕に番号の焼印が残っています。レオが撮った映像が世界に配信されていることに、「Because of you(あなたのおかげ)」と繰り返します。焦点とすべきは、むしろこっちだったかもしれない。


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