ラスト・オブ・モヒカン

(1992年 / アメリカ)

18世紀半ば。インディアンに育てられた白人青年とイギリス人大佐令嬢の愛を描く。

捏造されたヒャッハー

ラスト・オブ・モヒカン

「モヒカン」と聞くと条件反射的に、北斗の拳のヒャッハーを思い浮かべるのは僕だけではないはず。そう、「ヒャッハー!!」と奇声をあげながら我が物顔に改造バイクを暴走させるチンピラのことで、身の程知らずにもケンシロウに手斧を振り上げるも一瞬で秘孔を突かれて死ぬ雑魚キャラ。こいつらはだいたい、頭の両脇を刈り込み中央部だけ高々と伸ばした髪型、つまりモヒカン刈りをしています。そのため、印象が強烈すぎ、本来指し示すところのものを食いつぶしてしまっている感があります。その本来っていうのが、モヒカン刈りはヒャッハー由来ではなく、モヒカン族の髪型であるということ。モヒカン族は、北アメリカ大陸のハドソン川上流、キャッツキル山地に住んでいたわけですが、18世紀に白人が持ち込んだ天然痘などの疫病や戦いなどで大勢死に、いまではインディアン居留地にて暮らすかなりのマイノリティとなってしまっています。ともかく、モヒカン族が「ヒャッハー!!」と叫びながら悪事を働いていたという歴史はないため、彼らにとって北斗の拳の世界はいったいどのように見えるのでしょうか。

そんなことはさておき、インディアン、つまりアメリカ先住民が受けてきた迫害の歴史について見逃す訳にはいきません。コロンブスが新大陸に到達した当時、北アメリカには200万人以上の先住民が住んでいたそうです。彼らは自然と一体となった生活をしていましたが、白人の到来によって土地も生命も文化も奪われていきます。白人がもたらした伝染病や酒も彼らに大きな打撃を与えました。1776年に独立宣言をしたアメリカ合衆国は、領土の拡張と白人定住地の拡大を国家的使命としましたが、その使命は先住民の征服と土地奪取なしには達成され得なかったのです。1830年、ジャクソン大統領は強制移住法を制定し、5万人の先住民をミシシッピ川以西のインディアン=テリトリーへ移住させました。19世紀後半になると、先住民と白人に勇敢に立ち向かいますが、これが後に「正義の白人vs野蛮な先住民」という西部劇となります。歴史は捻じ曲げられ、現在でも先住民に対する差別は根強く残っています。

こうした経緯を基に、アメリカ建国は先住民の大量虐殺の上に成り立っているという見方まであります。さすがに、アメリカの歴史の授業であからさまな西部劇が教えられていることはないと思いますが、やはりアメリカ国民(白人に限る)は自分たちの祖先が英雄的な行動力で未開地を切り拓き、世界一の大国を築き上げたと信じているのではないでしょうか。その証拠に、この映画の主人公であるはずのモヒカン族は白人が演じ(モヒカン族に育てられたという体裁で)、フレンチ・インディアン戦争中のイギリス人とフランス人の蛮行はさらっと脇に寄せられ、モヒカン族の生き残りと別の先住民の遺恨試合のような展開に進行していきます。やはり白人は正義で、先住民は野蛮で悪魔的だとし、掣肘して当然という隠れた意図が見え見えでした。映画をはじめさまざまなメディアで国民の視線を逸らすための洗脳がなされるということはいまに始まったことではないし、どの国でもやっていることです。でも、アメリカの自意識過剰は目に余るなんて言っている自分自身が、いちばんマインドコントロールされやすいということに気づかなければなりません。知らないうちに、特定の国や人がヒャッハーに仕立て上げられているということに。


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