プレステージ

(2006年 / アメリカ)

2人の天才マジシャン、アンジャーとボーデンはライバルとしてしのぎを削りあう2人だったが、ある舞台でのマジック中、アンジャーが水槽からの脱出に失敗し、ボーデンの目の前で溺死する。翌日、ボーデンは殺人の罪で逮捕され、死刑を宣告される。ボーデンはそこに恐るべきトリックの存在を感じる。

騙される心理と騙されたい心理

プレステージ

新興宗教の勧誘や高額羽毛布団などの悪徳商法、高額配当を謳った投資詐欺、最近では振り込め詐欺など、世の中には人を騙すことで利益を得ようという勢力が後を絶ちません。騙す側の手口としては、一般的な社会常識をもってすれば簡単に嘘だと見破れる案件を、巧みな話術で信じこませて金を出させるといったところでしょうか。でも、いくら圧倒的に話術が巧みで、ターゲットの弱みや泣きどころを突いた誘導をしたところで、普通に考えて引っからないものは引っかかりません。というのも、ちょっとでも怪しいと思われる手口や接近方法などはすでにテレビや新聞、書籍などで徹底的に暴かれており、僕ら一般人は「うまい話には裏がある」という教訓を嫌というほど頭に叩きこまれているからです。

では、なぜこういうブラックな勧誘や詐欺が世の中から一掃されることがないのでしょうか。それどころか、なぜ社会的現象としてますます被害の度合いが大きくなっているのでしょうか。それは犯罪行為を行う側が手を変え品を変え手口を巧妙化しているという事実もありますが、やはりその一番大きな原因は騙される側にあるはずです。曖昧な態度を取っていたら強引に連れて行かれ合意してしまった、大勢の人に囲まれてNOと言えない空気をつくられてしまった、美男美女の勧誘員に魅惑されてしまい彼彼女目当てでついていってしまった、など、意思の弱い人が成り行きで契約してしまったケースがよくあるパターンだとのことです。その一方で、「オレは絶対にヤバい勧誘にはついていかない」「私は振り込め詐欺に騙されない自信がある」などと大きく構えている人に限って、コロッと流されてしまう傾向が強いようです。

これはいったいどういうことでしょう。騙されたくないのに騙されてしまうという心理。変な宗教とは関わり合いたくないのに加入してしまう、そんな無粋な掛け軸などいらないのに買ってしまう、かかってきた電話の息子の声が明らかに違うのにATMで大金を振り込んでしまう。僕は心理学者ではないので詳しい分析はできませんが、ただひとつ、詐欺に最も引っかかってしまう状況を考えてみれば少しは真相に近づけるのではと思います。

その状況とは何かを探る前に、ひとり暮らしの老人がどういう生活を送っているか考えてみてください。随分前に定年を迎え、連れも亡くし、子どもや親戚縁者は近くにおらず、近所付き合いもまったくない。日がな一日、何もすることなく漫然とテレビや新聞を見聞きして過ごしている彼らが、最も求めているものとは何でしょうか。それは話し相手です。若い頃は一匹狼だったとしても歳を重ねていくたびに人恋しくなっていくものだそうです。だから、彼らはとにかく話し相手が欲しい。こたつを挟んで、お茶とせんべいで他愛のない会話ができる相手が欲しいのです。そんなとき、突然駅前で話しかけられたり電話がかかってきたりして、ちょっとでも会話が成立してしまうと、彼らの警戒心は音を立てて崩れていくのです。

この映画はマジックを取り扱った作品です。マジックといっても、超能力で大きな岩を破壊したり念力で遠隔地の様子を望見したりする類のものではなく、小手先のテクニックでオーディエンスを「騙して」拍手喝采を受けるほうのマジックです。人の目をごまかす動作の背後にはタネがあり、いつかはバレてしまうため、彼らは技術を磨くだけでなく、新しい見せ方を考案することで人々を騙し続ける努力をしていかねばなりません。そんな中、とある因縁が基で同じ一座に所属するふたりのマジシャンが反目することになってしまいます。彼らは手練のマジシャンだけに互いを出し抜こうと、まさに「タネも仕掛けもございません」的なトリックでぶつかり合います。観ているこちら側としては、それが騙し合いであることすら気づかないのだからラストはきっと仰天することでしょう。

何を隠そう、実は僕自身もかつて騙された、というか意図せず英会話学校の入校にサインしてしまったという経験があります(機会があったらどこかで取りあげます)。英会話はやって損はないわけだし天文学的な金額を支払うわけでもないし(むしろその後の人生にプラスになった)、騙されたという文脈からは当てはまらないのですが、当時の僕の懐具合からは壊滅的な出費となるのでサインした後で激しく後悔しました。しかし、そのときの僕も非常に人恋しかった。その人(勧誘員)と昵懇になれるのだったら、お金など二の次でいい。「騙されたっていいや」という思いがありました。

おそらく、詐欺商法被害者の心境も似たようなものだと思います。金額の多寡はあれど、その時は良かれと思って支払ったものの、冷静になって考えてみると自分にとってまったく必要のない無駄な出費であり、本来であればすべきことではなかった。このように、奴らは一瞬の心の動揺を突いてくるのです。これがエンターテインメントであれば、登場人物に感情移入したりストーリーに入り込んだりするため、自覚したうえで「騙される」ことは往々にして必要でしょう。ですが、どんなにシミュレーションしたところで、一度心を鷲掴みにされてしまったら冷静な判断を下すことはかなり難しくなります。これは、人間自体が、いけないとわかっていても騙されてみようと思ってしまう「騙され願望」を深層心理として持っている以上、解決不可能な問題なのかもしれません。


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