ターミナル

(2004年 / アメリカ)

クーデターで事実上祖国が消滅し、パスポートは無効。ターミナルから一歩も動けなくなってしまった主人公が果たさねばならない“約束”とは…。

空港は出発点であり終着点ではない

ターミナル

空港は僕の好きな場所のひとつです。空港は、ただ単に、飛行機への搭乗手続きを済ませるためだけに利用する場所ではありません。個人的な楽しみを味わう時間を見越して早めに到着するようにしています。特に何かをするわけではありません。「空港にいる」という実感を噛みしめるためです。以前は、チェックイン(搭乗手続き)を早めに済ませてしまうと到着した空港で荷物が最後のほうに出てくるという説を信じていた時期もありましたが、それが都市伝説に過ぎないと知ると、空港に着いたらチェックインはすぐに済ませてしまい、あとは滅多には得られない享楽に耽ります。先ほど「空港にいる」ことを楽しみとしましたが、正確には「空港の音を聞く」ことです。ターミナルビルのガラスの向こうで飛行機が発着する「ゴォォー」とか「キュィーン」とかいう音。スーツケースの車輪が擦れる「ガガガガ」という音。そして、最終案内などを告げる「ティロリロリーン」という空港内の呼び出し音。これらを耳だけではなく五感で感じた時、僕は得も言われぬ快感に包まれます。

僕は特に空港マニアというわけではありません。それに、心地がいいからといって、用もないのに(この場合、海外旅行に行くわけでもないのに)空港を訪れることもしません。やはり、これから海外という非日常の扉を開けるという、いつになく気分の高揚した状態になっているからこそ、空港という場所が特別に思えるのだし、いつも以上に敏感になっている僕の耳が空港の何気ない音を喜びのファンファーレとして捉えるのです。大げさに思えるかもしれませんが、これは事実です。20代の頃は年に3回くらいのペースで空港を利用して海外へ行っていたのが、30代になってからは環境の変化により年に一度行ければいいくらいにまでに減ってしまいました。その間、羽田が本格的に国際化したり格安航空が台頭してきたり成田へのアクセスが短くなったり、いろいろありましたが、それでも僕は、いつかまた空港の音を聞きたいという思いを忘れることはついぞなかったのです。

この映画は、不幸にも内戦により母国が消滅し、アメリカへの入国許可が降りなくなってしまった男性の物語。帰る国さえ失ってしまった彼は、到着したニューヨークの空港から出ることすらできなくなり、やむを得ず空港の中での生活を始めます。空港スタッフとの交流や美人スチュワーデスとの恋路などを通して、彼は空港内で有名人となっていくと同時に、空港の住人となっていきます。これを友情ドラマとして観るかサバイバルとして観るかは人それぞれですが、少なくとも僕には味気ないものに見えて仕方ありませんでした。いや、ドラマのつくりとしては素晴らしいです。そうではなく、出発まで暫時的にいられるからこそいいと思える空港に長々と居続けるということは、僕の喜びを壊すことになりかねない。まぁ、個人的なことなので僕自身が実際そうなったらテンション下がりまくりで、帰れることを信じることもできなくなってしまうことでしょう。

さて、僕は近々海外へ行く機会ができました。そんな中、空港に長逗留するはめにならないよう、つまり日本という国がテロか何かで消滅してしまうことがないよう、国民としてしっかり支えていかなければといけませんね。


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