ウェイバック -脱出6500km-

(2010年 / アメリカ)

1940年、ソ連・スターリンの恐怖支配に巻き込まれ無実の罪で囚われたポーランド人兵士ヤヌシュは、極寒のシベリアにある矯正労働収容所へ護送された。20年の懲役という途方もない刑を言い渡されたヤヌシュは、ある猛吹雪の夜に6人の仲間と共に収容所を脱出する。

闘争と逃走はかくも異なりき

ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著『竹林はるか遠く』という、ベストセラーとなった本があります。この本は、第二次世界大戦において日本の敗色が濃厚となった1945年の夏、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して対日参戦を開始した頃の話で、当時朝鮮北部の羅南に住んでいた日本人一家が日本まで決死の逃避行を繰り広げるというものです。羅南から京城、釜山まで、貨物列車に便乗させてもらいながら内地を目指しますが、列車の荷台には血だらけの軍人や傷病者ばかりで、まさに「死」と隣り合わせの阿鼻叫喚の地獄絵図が横たわっていました。それに、全ルートを列車で踏破できたわけではなく、途中で機関車が爆撃を受けて、線路伝いに歩いて先を急がなくてはならないシーンも出てきます。列車の荷台が地獄なら、陸路もまた地獄。日本人婦女子を強姦せんがために血眼になっている朝鮮人がうじゃうじゃいたのです。うわ若き少女であった主人公は、彼らに見つかるまいと戦々恐々としながら眠れぬ夜を過ごし、ようやくのことで釜山にたどり着きます。ここから船で日本に戻れたことで朝鮮半島からの逃避行は終わったのですが、主人公たちの波瀾万丈のドラマはまだまだ終わりません。関心のある方は本書をあたってみてください。

これは戦争を舞台にした史実であることもあり、その手に汗握る展開を「血沸き肉踊る」なんていうキャッチコピーで宣伝するのはどうかと思いますが、ともあれ、こうした窮地からの生還劇というものはいつの時代でも心惹かれるものです。アドベンチャーやスパイものなどでは王道だし、その他のジャンルの作品でも見せ場では主人公を板挟みのピンチに陥れて軽い冒険譚っぽく仕立てることはよくあります。話の筋にうまく緩急付けられるかで、その作品が面白いかそうでないかが決まるので、よほどの通好み路線の作品以外、面白い映画として紹介されるのはだいたいこうした味付けがなされているものです。『竹林はるか遠く』をはじめとしたノンフィクションは、作り話ではなくリアルな体験であるだけに、よけい読者・視聴者を引きつけるのでしょう。だから、わざとらしく巨大な岩が超スピードで転がりながら追いかけてくるなんていうシチュエーションを創作しなくとも、作品にグイグイ引き寄せられていくのです。つまらない作品というのは、そのあたりの描写がありきたりだったり、臨場感・圧迫感をうまく表現できていないものなのです。

さて、この映画はどうでしょう。シベリアの収容所を脱走してインドまで逃走を図るということで、間一髪の脱走シーンに始まり、捜索兵との追いつ追われつの一大チェイス、そして国境を挟んだ国際的な思惑が入り乱れる壮大なスケールの逃走劇を期待していました。ま、壮大なスケールは感じたのですが、わりとあっさり脱走できてしまい、そこから捜索隊の捕物にかかることもなかったところで、「あれ?」となってしまいました。収容所から逃げ切ってからは「サバイバル」でした。激しい吹雪をやり過ごしながら険峻な山間の地を抜け、バイカル湖沿いに南に進み、モンゴルの砂漠、チベットの高山地帯、そしてヒマラヤ越えを果たしてインドへと至る行程は、もう逃走劇ではなくなっていました。「自然との“闘争”」とは言えましょうが「自然からの“逃走”」とは言えないはずです。なぜなら、逃走とは追いかけてくる相手から命からがら逃げることであり、自分から向かっていく乗り越えていくものではない。つまり、闘争とは、たとえ方向的に前方に進んではいても、避けている限り、それは後退であり目的から遠ざかっていくものだということ。映画としては、収容所からの「逃走」と大自然との「闘争」両方描いていたと思うのですが、僕としては途中から彼らが向かっている先が果たして本来の目的地なのか、それともただの逃避先なのかわからなくなって、ちょっと興ざめしてしまったのは事実です。

ま、原題は「帰還する」という意味だし、「生き残る」ことがテーマだと考えて細かいこと抜きにすれば、画面に釘付けになって観られる映画です。それにしても、「生き残る」こととは、後方からの追跡者と、前方からの巨大な壁との板挟みを乗り越えることであるのだなあとつくづく思い知らされました。


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