レスラー

(2008年 / アメリカ)

栄華を極めた全盛期を過ぎ去り、家族も、金も、名声をも失った元人気プロレスラー“ザ・ラム”ことランディ。今はどさ周りの興業とスーパーのアルバイトでしのぐ生活だ。ある日心臓発作を起こして医師から引退を勧告された彼は、今の自分には行く場所もなければ頼る人もいないことに気付く。

本物のプロレスラーとはなにか

プロレスは好きで、よくテレビ放送を観ていました。僕が観ていたのは、ジャイアント馬場やアントニオ猪木、天龍源一郎、ジャンボ鶴田、藤波辰爾、長州力らの昭和世代のひとつ上に当たる世代が大暴れしていた時期。もっぱらテレビ観戦だったので、観ていたのは全日本プロレス(のちプロレスリング・ノア)と新日本プロレスというメジャー団体だけでした。全日本は守旧的で非対外的だったけど堅実で正統派のプロレスを見せてくれ、一方の新日本は好戦的で派閥抗争が激しく他団体とも意欲的に対抗戦を組むという、両団体のトップの思想が如実に表れたプロレスには強いイデオロギーを感じ、そういった面でものめり込んでいきました。その意味で面白かったのは、派閥間の因縁や敵対意識を明確にしたマッチメイクを重視した新日本プロレスのほうですね。強烈な因果関係のある選手同士がメインイベントで一騎打ちとなってリング上で睨み合うと、まさに血沸き肉踊る興奮を覚えましたし。

そんな僕のプロレス熱ですが、ある時期を境に急激に萎んでいってしまいました。その“ある時期”とは、メジャー団体の有力選手がこぞって離脱し新しい団体が乱立した時期のこと。プロレスリング・ノアみたいに全日本からほぼ全員が独立したケースならまだよかったのですが、団体から離脱して移籍した団体で仲間割れを起こして分裂または消滅するなんていうケースもあり、ちょっと目を離すとどこに誰がいるのかを把握するのも困難という状態に、すっかり興を冷まされてしまったというわけです。それに、闘魂継承だとか前に所属していた団体のイデオロギーをそのまま流用する団体もあり(ゼロワン)、全日新日両メジャーが掲げていたお題目がすっかり形骸化してしまったことはかなりがっかりしました。挙句の果てには、団体が乱立してしまったため所属選手だけでは興行的に立ちゆかなくなり、あちこちから選手を借りてくるという状況が生まれたことで、団体の垣根がなくなったことで団体独自のスタイルが薄まってしまったことが決定的な理由となり、僕は以後プロレスを観ることはなくなってしまいました。

さて、この映画はアメリカの作品なので、当然日本のプロレスとは異なります。異なると言っても、基本的なルールや興行のスタイルではそれほど違いはないはずですが、僕が「異なる」と言いたい点は日米におけるプロレスの見せ方の違いです。以前、とあるアメリカ人選手が「日本ではプロレスはスポーツとして見てくれる」と語っていたインタビューをいまでも覚えているのですが、彼がなぜそう言うのかというとアメリカではプロレスはエンターテイメントでありショーであるからです。つまり見せ物というわけで、お金を払ってくれたお客さんに楽しんでもらうために、本来のプロレスから逸脱したありとあらゆることをやります(もちろん、アメリカの全プロレス団体がそうではありません)。WWEがその旗頭的存在で、日本にも大仁田厚のFMVが電流爆破デスマッチを頻繁に行っていたことは有名で、その他の団体も○○デスマッチと銘打って蛍光灯で殴りあったり鉄条網で簀巻きにしたりしています。その是非はともかく、僕はそれを観ることはなかったし、たとえ観たとしても後味の悪さだけが残って二度と見たいとは思いません。

やはり見たいのは本当のプロレスです。本当のプロレスとは何かというと、正統なルールのもと自らの肉体のみで戦う原初的な意味でのプロレスです。実際、プロレスラーとして長く活躍し、プロレスラーとしての寿命を迎え、ラストマッチで大観衆を集められるのは、そういった選手です。いまで言うと、最近引退した小橋建太をはじめ、佐々木健介、武藤敬司、三沢光晴(故人)らが挙げられるでしょう。この映画の主人公であるランディもそのうちのひとりかもしれない。彼は若い頃は無敵のチャンピオンとして名を馳せていましたが、いまはスーパーでアルバイトをしながら限定的に試合する高齢のレスラー。離婚し娘には見限られ、周囲には彼を理解し温かく接してくれる人もおらず、しかも心臓発作というリスクも抱えています。しかし、彼は引退しません。流血を要する残虐な試合にも招待される限り出続けます。心臓に爆弾を抱えリング上で死ぬかもしれないというのに。

それを理解できるのは同じくリング上で戦ってきた同じようなレスラーしかいないでしょう。ですが、そういうスピリットというのは、彼らの戦いを見てきた僕らにも伝わってきます。武者震いするような高揚感を感じます。そのスピリットとは、引退するのはリングの上、つまり死ぬのはリングの上と固く決意していることに他なりません。筋を通す、本懐を遂げる、責務を全うする、意志を貫く。こうした言葉に魅力を感じる方なら、きっとランディの心意気が伝わってくることでしょう。


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