トト・ザ・ヒーロー

(1991年 / ベルギー・フランス・ドイツ)

トマ少年は家族5人で幸福な暮らしを送っていたが、ある日父が行方不明となってしまい、以来一家に不幸が続いてしまう。トマは名探偵トト・ザ・ヒーローとなって父を救うと大好きな姉アリスに誓った。

誰も心の中にも住んでいるヒーロー

トト・ザ・ヒーロー

広告やCMなどで「なりたい自分になろう」とか「未来の自分に会いに行こう」とかのキャッチコピーを見るたびに、現状の自分自身に満足していないことを前提として話を進めているのだなと感じます。もちろん、こういう広告を打つ側も商売なので、たとえ私はいまの自分で不都合はないと主張されても、その人の気など知らず、いやもっと素敵なあなたになれますよと畳み掛けるのでしょうね。ですけど、実際こんな夢みたいなこと聞かされると、どうせ売り文句だろと唾棄したくなりはするものの、なんとなく心引かれその気になりかけてしまうから困ったものです。こういったキャッチコピーが踊るのは美容関係の広告が多く、美に深いこだわりを持つ女性が釣られてしまうのはわかります。しかし、専門学校や自己啓発系講習・セミナーなど自分の人生を左右する分野でも定型文と化していて、「なりたい自分」ひいては「いままでの自分を超える」ことの後押しがいまや当たり前となっていることを考えると、自分に不満があったり物足りなさを感じている人はかなり多いんだなと察せられます。それと同時に、自分から一歩踏み出せないで、誰かから声がかかるのを待っている人もまた多いんだなとも。

いまの自分に違和感を持っている自分。こんなはずじゃなくもっとできるはずの自分。十字架を背負っている自分。いまは殻を被っているがいつか破り捨てて空へ飛び立つはずの自分。まだ充電期間にすぎない自分。これから誰もからも羨望の眼差しを向けられるはずの自分。これらは、例としていま思いついたままに挙げたことではなく、実際、僕自身が現在進行形で感じていること。「こんなはずじゃない」。これが僕の頭のなかで棲みついて離れない観念です。これを前向きに捉えてつねに努力を惜しまず自己研鑚を重ねていくという生き方なら文句はないはずですが、ただ愚痴をこぼすのみで延々と過去のことを後悔してばかりいるから救いようがない。あの時あの学科を取っていなかったからあの会社に就職できなかった、あの時あの人に話しかけなかったから一生の恩師・友人を得ることができなかった、あの時あんなところに行ってしまったからずっと金銭関係で困るはめになってしまった。もう恨み節しか出てきません。しまいには、生まれてきたことからして不幸だったと思ったりしてしまいます。ここまでネガティブな思いが募ってくると、自分は誰よりも不幸だとか、恵まれた人生ではないとか、何かをする前からハンディキャップを抱えていると思い込んだりとか、何をも受け付けないドス黒い思いに沈んでいってしまいます。だから、「なりたい自分になろう」とか「未来の自分に会いに行こう」とかのキャッチコピーを見かけるたびに虫酸が走るのです。

そういった意味で、この映画はまさに僕の精神状態をそのまま描いた作品と言えるでしょう。赤ん坊の頃、火事になった病院で取り違えられた(と思い込んでいる)主人公のトマは、隣に住む富豪の息子アルフレッド(本来こっちに住むはずだった)を羨ましく思い、姉のアリスに恋心を抱きながらも形式上姉弟なので思いを言葉にできないでいる。やがて父を失い姉を失い、自分は不幸だとの感情を次第に募らせながら大人になっていきます。大人になったトマは、亡姉とよく似た女性と出会います。既婚者でしたが密会を重ね、肉体関係を結びます。しかし、その女性の夫はアルフレッド。自分の欲するものをまたもアルフレッドに奪われた絶望に打ちひしがれ、そのまま老人になっていくという話。ただ、時系列順に進んでいくのではなく、老人になったトマが過去を回想していくという形式を取っています。その中で、頻繁に登場するのが、名探偵トト。もちろん、トマの想像上の人物なのですが、トトはあらゆる難題を解決する有能な探偵で、しかもかつてトマをバカにしていた元ガキ大将連中をコテンパンにやっつけたりします。これこそがトマがなりたかった自分。「こんなはずじゃかった」自分自身を打ち消し、「こうであるはずだった自分」を痛快に立ちまわるのです。

ふと目を閉じて何かを考えだすと、僕の頭の中では決まって名探偵トトのような、まったく別人の自分自身を思い浮かべます。そして、その空想の自分自身に酔うのです。夢を見ているのでもなく、希望で胸がいっぱいになるわけでもなく、ただただスーパーマンと化した自分自身に酔いしれるのです。この時間は完全に本来の自分を忘れています。忘れているというより、なりきってしまっているので、もう僕という存在はこの世にいないことになっているのです。そんなとき、ふと目を開けて現実に戻ると、ものすごい失望に襲われることがあります。空想が深ければ深いほど。たちまち自己嫌悪に押しつぶされそうになることもあります。それでも、自己の精神バランスを保つ上では必要なことなのです。そういった事情もあり、僕はなるべく「なりたい自分になろう」とか「未来の自分に会いに行こう」とかのキャッチコピーには共感しないようにしているのです。なぜなら、なりたい自分になることとは、名探偵トトを殺すことから始めないといけないからです。


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