トレインスポッティング

(1996年 / イギリス)

マーク・レントンと彼の仲間はヘロイン中毒。ケンカが趣味のベグビー。気のいい小心者スパッド。女たらしのシック・ボーイ。そしてセックスもドラッグもOKの女子中学生ダイアン。窃盗、詐欺、万引きを繰り返し逮捕されたレントンは更生を決意する。

振り返れるような青春時代を送ってきましたか

トレインスポッティング

何かに夢中になってハメを外すことが「青春」だとしたら、何だって許されてしまうことも「青春」と言わなければならないでしょう。一般に、青春時代とは中学から大学までくらいを指すことを考慮すると、ある程度までのやんちゃなら子供のしたことだからと、たいていは大目に見てもらえます(成人後は責任を問われますが)。だから、青春とは、若者自身の放埒なまでの身勝手さに加え、家族や一定の生活集団における寛容があってこそ持続できるものだと思います。そうした環境というのは、時間と好奇心を持て余した若者にとって、まさに天国。のめり込んだらとことんのめり込み、ハマり込んだら骨の随までハマり込む。僕はそれが悪いことだとはまったく思っていません。たとえ周りに迷惑をかけたり大成しなかったとしても、何かを学び、何かを得、何かを反省したのなら、それこそが彼らの将来にとって最大の糧となるからです。

学生時代こそ悪ノリが過ぎたとしても、社会人になって痛い目を見て思い知らされて学習し、立派な大人になっていけたら、それは十分に人生の勝ち組です。きっと酒の席で人気者になり、取引先とのコミュニケーションもうまくできるでしょう。なので、「青春は引き際が大事」と言えるのかもしれませんが、人間すべてがそんな理想的な成長を遂げられるわけがありません。大人になっても(30歳を超えても)悪ふざけすることを当たり前だと考えていたり、逆にそれまで何に対しても熱をいれなかったのが急に駄々をこね始める。要するに、「大人になりたくない大人」と「大人の幼児化」。前者は社会常識という目にしたくないものを避けて我が物顔に突っ走ることで、後者は何かのきっかけで自らの過去を不遇だったと憎悪し現状を否定し続けること。彼らは自身の暴走を「大人の青春だ」などと言い訳しますが、客観的に見てかなり痛いですし、掲示板などネットの世界だけ虚勢を張る引きこもりと何ら変わりありません。こういう人は最近かなり増えてきていると思います。僕を含めてですが。

しかし、何度も言いますが、夢中になることイコール他人に迷惑をかけることではありません。何かに夢中になることは素晴らしいことですし、いくつになっても忘れてはならないことです。僕が警告しているのは、夢中になるあまり、周囲を完全に度外視し、世界は自分を中心に回っていると思い込むこと。夢中と言ってしまうと、音楽やスポーツ、ゲーム、ホビーなどに没頭することを真っ先に連想してしまいますが、ここでは自分を打ち負かせる奴などいるはずがないと思い込む自己陶酔も含めるとします。おそらく、キレる中学生、荒れる高校生などと形容される子供たちはたいていこのパターンでしょう。どういった経緯で彼らが自己陶酔を強めていったかの分析はしません。暴力的描写の多いマンガの影響、注意する大人がいなくなったこと、親からろくな躾を受けてこなかったことなどが挙げられましょうが、やはり彼ら自身の「青春」を見つけられなかったことにあると思います。

この映画は青春映画として人気があり、また評価もされています。でも、僕にはどうもその理由がわかりません。ヤク中の若者レントンがある日「これじゃダメだ」と気づいて、自分自身の生きる道を探そうと仲間のもとを去ることがキモだということはわかりました。だからなんだというのでしょう。別に、更生しようとする前に、警察に自首してそれまでの悪行を償えと言いたいわけではありません。仮に、ヤク漬けでハイの毎日が青春だったとして、その後レントンは、改心して完全に生まれ変われると言えるでしょうか。劇中、レントンは一度ヤクを断ったものの、結局また手を付けてしまった描写があります。青春の中身は、カッコ悪くとも気恥ずかしくとも一向に構わないものでありますが、結局のところ、レントンにとってヤクとは何だったのかという気付きがなければ、それは青春とは言えない。青春とは現在進行形ではなく、振り返って内省するためのものだと僕は思うのです。つまり、青春とは、きれいさっぱり忘れたり蓋をすることができないものなのです。

レントンは役柄的に仲間内で比較的良識派の立場にあったので、彼に希望を見出すことは可とします。しかし、僕がこの映画から何らメッセージを感じ取れなかったことは、単に僕が真面目すぎるからでしょうか。青春とは、音楽やスポーツなど将来の自分自身にプラスになるであろうことを想定して没頭することであると考えると、人生プラン構築のためになくてはならない工程であるはず。若いうちにクスリで身体をボロボロにすることは、その後の人生にプラスにはなるはずがありません。あ。こんなふうに歪に考えてしまうのは、僕が真面目すぎるというより、とどのつまり、僕自身振り返れるような青春時代を送ってこなかったことにあるってことに、いま気づきました。


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