少女は自転車にのって

(2012年 / サウジアラビア)

お転婆な女の子・ワジダは、自転車を手に入れるために必死にアルバイトをする。そんな時、学校でコーラン暗唱コンテストが行われることになり、彼女は賞金を目当てに立候補する。

やりたいことができる自由を求めて

少女は自転車にのって

僕がこれまで訪れたイスラム教国家と言えば、マレーシアとトルコだけですが、マレーシアは多民族国家なのでイスラム一色に染まっているわけではなく、トルコに至っては政教分離を採用しているのでヨーロッパの都市と見紛うほど(イスタンブールは特に)。いろいろ旅ブログや世界紀行番組を見たりしていると、中東や北アフリカを中心としたアラブ諸国では、たとえ旅行者でも女性は被り物をしなくてはいけなかったり入場を禁止されていたりすることが紹介されているので、イスラム教はひとつの文化だと思っていました。成人男性は口ひげを生やし、女性は真っ黒い装束で身を隠す、かなり粗掴みではありますが、これがイスラム社会では当たり前で、現地の人はその習わしを誇りとして生きているのだと何となくイメージしたり。イスラム教もほかの宗教と同じく、宗派がさまざまに分かれてはいますが、キリスト教徒なら教会、仏教徒ならお寺、神道なら神社に行くように、モスクに行ってお祈りするし決まった時間になるとゴザを敷いて礼拝する。ま、一定時間ごとに大音量で街中に詠唱が響き渡ることには驚きましたけど(これはアザーンと言ってお祈りの呼びかけなんだそうです)。しかし、僕はこの映画を観て再考せざるを得ませんでした。イスラム社会のことを知らなすぎたと感じさせられたのです。

なので、いろいろと調べてみました。まずイスラム教とは、7世紀に預言者ムハンマド(マホメット)により創始され、西アジアから中央アジア、東南アジアの島嶼部(マレーシアやインドネシアなど)などで広く信仰されている宗教。信者の数は世界中で11億人を超えるそうです。信者は唯一の神であるアラーのみを信じなければならないこと、聖典「コーラン」にかかれていることの実践(六信五行)などが義務づけられています。たとえば、1日5回(夜明け前、正午、午後、日没前、夜)の礼拝を行うことや、一生に一度は聖地のメッカに巡礼することなどがあります。また、食事に関する戒律は厳しく、汚れた動物とされている豚の肉は決して口にしてはいけません。ほかの動物の肉なら何でも大丈夫というわけではなく、羊や鶏、牛などの肉もイスラム教徒以外の人が切った動物の肉は食べてはならず、「アラー」の名を唱えながら頸動脈を切る正式なやり方で殺してから調理しないといけないようです。アルコールも厳禁です。そのほか、よく知られているのはラマダーン(断食)ですね。イスラム暦の9月になると、夜明けから日没まで一切の食事と水を摂ることはできません。裕福な人にも貧しい人にも同じ苦しみを与えて、皆平等にアラーへの信仰を深めることが目的だそうです。

中でも、もっとも印象的なのは女性の立場ではないでしょうか。イスラム社会では男女は別の世界の住人という建前で、女性の戒律がより厳しいという見方が強いです。一夫多妻制や、親族男性以外に触れられてはいけないことからろくな医療が受けられないなど、深刻な制限が課せられているほか、僕らが視覚的にそれを強く感じるのが服装だと思います。例の真っ黒い装束で全身を包み隠す服装です。その理由として、まずコーランで「女性は自分自身の飾りとなるところを露出してはいけない」と定められており、夫以外の男性の視線から女性の身を守るため。あとは強烈な日差しから身を守るためだそうです。で、服装の種類はいくつかあり、ヒジャブはスカーフ、目以外の顔と身体を覆うニカブ、目の部分もメッシュで隠すブルカなど、地域によってさまざまです。ヒジャブはファッションとして被ることもできますがフランスで問題になったことがあり、またニカブやブルカも移住先の住人から禁止運動が起こったりと対立の原因になったりします。

この映画の舞台となったサウジアラビアでの女性の人権は、他のイスラム諸国と比較しても制限されていると一般的に考えられています。サウジアラビアはイスラム教の中でももっとも厳格なワッハーブ派のシャリーアを国法としているため、女性は公的な場面から完全に排除されています。女性の近親者による付き添いなしでの外出は禁止されていて、遺産相続も男性の半分であり、公的な権限を行使するためには父親、夫、兄弟などの男性の代理人を介さねばならないそうです。また、世界で唯一、女性が自動車を運転することを法律で禁止している国とのこと(2018年6月に解禁)。女性は育児や家事に集中すべきだとの考え、女性が運転すれば不倫など男女出会いの機会が増えるといった見地からのことでした。近年、男女平等を訴える人権派が幅を利かせ、パキスタンでは女性首相が誕生するなど、社会進出が進んできていることは事実ですが、僕ら自由社会の住人からしてみると、イスラム社会は厳格という意味での伝統遵守な社会であり、思わず息苦しさを感じてしまいます。たとえは良くないかと思いますが、日本の新興宗教に心酔して、毎朝一定方向にお祈りをしたり奇異な服装を着るなどする集団を見かけると、違和感がこみ上げてくるのと同じことを感じます。イスラム教はそれ自体が文化なのでしょうけど、徐々に緩和されてきているということは、女性にとってはストレスが募ってきているということでしょう。緩和への圧力が内側からなのか外部からなのかはわかりませんが、異文化を考えるいいきっかけとなった映画だと感じました。


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