ウィンターズ・ボーン

(2010年 / アメリカ)

ミズーリ州南部オザーク山脈の村に住む少女リーは17歳にして一家の大黒柱として、心の病んだ母親の代わりに幼い弟と妹の世話をし、その日暮らしの生活を何とか切り盛りしていた。ある日、地元の保安官から衝撃的な事実を突きつけられる。とうの昔に家を出て逮捕されていた父親が、自宅と土地を保釈金の担保にして失踪。もしこのまま裁判に出廷しなかったら、リーたちの家は没収されるのだという。

隔絶したコミュニティで生きていくということ

まずびっくりしたのが、この映画の主人公リーの年齡が17才という設定だったこと。僕はてっきり、一緒に住んでいる小さい男の子と女の子の母親がリーなんだろうなと思っていたのですが、お姉さんだったとは思いも寄らず、しかもまさかのハイティーン。これが日本人だったら、原宿あたりで買ったピンク系のフリフリの洋服を着て街ゆくイケメン男子に熱視線を送る純朴な子供にすぎないのですが、リーの表情からうかがえるのは、そんな甘ったるい世界とはまったく異なる殺伐として寒々しい環境に生きている者のみが放つ剣呑さ。そうは言っても、時折、17才らしいあどけない表情や仕草は浮かばせますが、それでも安堵しきっている様子は見せません。つねに胸の中に懐疑と警戒を忍ばせているリーの姿からは、たとえ17才であっても少女でいることを許さないコミュニティ間の人間関係の厳しさを感じさせます。

それは「欧米人は東洋人と比べてませているから」という単純な一般論で片付けられるはずがありません。同じアメリカでもニューヨークやロサンゼルスなどの大都市に行けば、日本人の同年代と似たようなキャピキャピした(死語?)女の子をいくらでも見かけることができます。リーのように、ファッショナブルとは言いがたいラフな服を着て、弟や妹の母親代わりを務め、食糧を得るために猟銃の使い方を教え、また汚い言葉を投げかけられてもひるまずに言い返すことができるのは、その環境で生き抜いていくために自然と身につけた逞しさといっても間違いではないでしょう。日本の女子高生だったら耐え切れず速攻でピーピー泣きだすに決まっています。

とある理由で、行方知らずの父親を捜さなくてはならない状況に陥ったリーは、親戚を中心に情報を求めて聞き込みに奔走しますが、誰に聞いてもけんもほろろにあしらわれ、挙句の果てには大の大人から容赦ない殴打を受けます。しかし、それでもリーは父親捜しを諦めません。別に父親が恋しいわけではありません。父親を捜しだして法廷に突き出さないと、保釈金の担保にされてしまった家と森林が没収されてしまうからです。ただでさえ生活は成り立っていないのに、これ以上資産を奪われたら病気の母親や幼い弟と妹を養っていくことができない。リーはその土地に住む者として、侵してはならない禁忌の存在は知っていましたが、たとえ結果的に村八分にされても、守るべき者たちを守ることができればそれでいい。あまりにも無力であまりにも悲壮な覚悟を胸に秘め、リーという17才の少女の闘いが始まった。

ところで、この映画の舞台となったアパラチア(アメリカ東部を走る大きな山脈)は、かつて祖国での貧困に耐えかね移民してきたアイルランド、スコットランド系の人たちが多く住んでいるところなのだそうです。そこではギターやバンジョーなどを奏でるカントリーミュージックの文化が花開いたものの、生活の質は良いとはいえず、ヒルビリー(貧困白人層)と呼ばれているとのこと(ちなみに、このヒルビリーとロックンロールが合わさって「ロカビリー」という音楽ジャンルが誕生したそうです)。日本でも、田舎の山奥のほうに車を走らせると、サビだらけのガラクタが山積みされている中にプレハブ小屋がぽつんとあり、そこで人が生活しているのを見かけることがありますが、おそらくそれと似たような生活環境ではないかと思います。

リーが住むオザーク山地も同じで、そこに住む人たちは貧困という問題を抱えながらも暗黙の了解を守りながら秩序を保ってきた経緯があります。その暗黙の了解こそ、いわゆる「ムラの掟」というもの。それは、好きなものも買えない、ろくに食べられないという住民全員が持っている不満を押さえつけている「重し石」と言っていいかもしれません。その重し石をリーがこじ開けようとした。当然、住民は反発します。たとえリーの家庭が限界にまで来ているということがわかっていても、村の秩序を崩してしまったらコミュニティは成り立たなくなり住民は離散し野垂れ死んでしまう。だから、この映画はとても暗く寒々しいです。この隔絶した保守的な村で生きていくには、17才にもなって夢見ているようでは生き残れないのです。リーの人格はこの村で生きるためにこそ形成されました。日本の女子高生だったらきっと泣きだしちゃうでしょう。あ、いや、かくいう僕もベソかいてしまうかも……。


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