黄金のアデーレ 名画の帰還

(2015年 / イギリス、アメリカ)

マリアは小さなブティックを営みながら、ひとりで溌剌と暮らしていた。ある日、亡くなった姉・ルイーゼがオーストリア政府に対して絵画の返還を求めていたことを知り…。

美術品の本当の価値とは

黄金のアデーレ 名画の帰還

僕は割とよく海外旅行をするほうで、世界遺産をはじめとする名所旧跡はもちろんのこと、その国を代表する博物館や美術館には必ず足を運ぶことにしています。でも正直言うと、古代史や文化史にそれほど強い関心があるというわけではないので、だだっ広い館内を歩いているうちに、飽きが回ってきてソファに腰掛けてうとうとしてしまうことがよくあります。古墳時代の土器や武器、何が書いてあるのかさっぱりわからない古文書など、最初のうちは熱心に英語の説明を読んでわかったふりをするのですが、30分もすると一気に熱が冷める感じ。大英博物館、スミソニアン博物館、メトロポリタン美術館、ルーヴル美術館、ウフィツィ美術館、あと名前すら覚えていない各都市の有名どころも似たようなもので、時間がたつと退屈を感じて居眠りしたり冷房で涼んだりして、目玉の展示物だけ見たらほかはスキップして退館するというのが毎度のパターンです。それでもどうして初めての都市では必ず訪れることにしているかというと、二度と来ることはないから悔いの残らぬよう見るべきものは見ておこうという、とどのつまりミーハーなだけですね。そんな中でも、いくつか巡っているうちに、僕はとあることに気づきました。それは、博物館や美術館には歴史はもちろん、その国のストーリーが詰め込まれているということです。

博物館は歴史そのものの展示ですから(すごく単純な発想ですが)、美術館に注目したいと思います。ひと口に美術館と言っても、絵画を中心に彫刻、陶芸、現代アート、人形、写真など展示物の種類はさまざまですが、ここでは誰もが知っている美術品を収蔵している施設に限定したいと思います。要するに、小中学校の美術の教科書に載っている著名な作品を擁している美術館ですね。とは言え、そういった絵画や彫刻、壁画などを見て、実物を見られた感動は得られても、そのストーリーや歴史というものは直に伝わってくるものでしょうか。残念ながら、僕にはさっぱりです。たとえば、モナリザや民衆を導く自由の女神、睡蓮、ゴッホのひまわり、あと誰の作品化は覚えてないけどどこかで見た記憶のある絵画についても、それに世界的な価値があることは肌で感じられても、そのバックグラウンドまでは見えてきません。解説を読んだりスマホで検索すればその一端に触れることはできるとは思いますが、なんと言いますか、それはしたくないと考えてしまいます。美術品の価値は直感で決めるものだし、美術館めぐりとはそういった作品を探すことではないでしょうか。実際、僕は無名の作品をよく写真に撮ります。

かと言って、直感だけで気に入った作品を見つけても、そのテイストだけ記憶に留めて、描かれた時代背景とか作者が込めた思いなどに目をつむって良いものでしょうか。なんだか、それはそれでもったいない。

この映画は、一幅の肖像画に込められた過去の記憶と家族のつながりを取り戻す物語。主人公のマリアは、グスタフ・クリムトが描いた伯母の肖像画「黄金のアデーレ」の返還要求をオーストリア政府に投げかけます。少女時代をナチ統治下のウィーンで過ごしたあとアメリカに移住したマリアは、伯母に対する朧気な記憶と、お気に入りの絵画だった黄金のアデーレをナチに接収された屈辱を胸に、弁護士のランディとともに法廷に立ちます。取り戻して売れば余生を豪奢に過ごせるのですが、マリアの意図はそこにはなかった。しかし、オーストリアに対する訴訟は取り下げられ、マリアは失意の底に落とされます。さて、その後マリアとランディはどう立ち向かっていくのかという話です。

僕はこの映画で登場したウィーンに行ったことがあります。ウィーンはとても見どころが多く、ベルヴェデーレ宮殿、ホーフブルク宮殿、シェーンブルン宮殿、シュテファン大聖堂、国立歌劇場など、多数の美術館が点在するとても美しい都市です。僕は3日間滞在し、メインとなるスポットはだいたい訪問し、加えてモーツァルトゆかりの地、コンサートも鑑賞してきました。どの観光地も圧巻のひと言で、かつて栄華を極めたハプスブルク家に関する本を事前に読んでいたこともあり、他に訪れたヨーロッパのどの都市より印象に残っています。で、何か記憶に深く刻まれた絵画と出合ったかというとそんなことはなく、巨大なエリザベートの絵画くらい。あとはいつものごとく何となく気に入った絵を数枚写真に撮っただけで、その時の写真を見返しても、それが誰が何のために描いた絵なのかはまったくわかりません。好き嫌いは個人差がハッキリ出るので、美術の価値はもちろん、そのバックグラウンドに関心を引かれないことは仕方のないことではありますが、僕はちょっと残念な嗜好性なのかなと思ったりします。だから、この映画のマリアがとても眩しく見えました。たとえ身内だとしても、世界的名画に血縁的なつながりと過去のエピソードを共有しているのですから。僕の祖父や祖母を描いた絵がどこかに展示されてないか、片っ端から探してみようかしら。


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