きつねと私の12か月
(2007年 / フランス)フランス・アルプス地方。学校の帰り道に1匹のきつねに出会ったリラは、一瞬にして彼の虜となってしまう。それからというもの、彼女は彼に会いたい一心で毎日森を訪れるようになるが…。
異種共生するために必要なこととは
小学校低学年の頃だったと記憶していますが、家でウサギを飼っていました。ウサギを飼っていたのは時期を分けて2回あります。初めての時は幼稚園で飼育していたパンダウサギの子供をもらってきた時、2回目は近所のおじさんが山で捕まえてきた野ウサギをもらった時です。どちらも、父が作ったウサギ小屋に放り込み野菜などを与えながら、家の中に置くことはできなかったので駐車場の脇で飼育していました。パンダウサギはそれほどではなかったのですが、野ウサギが警戒心が強くなかなか餌を食べてくれないだけでなく、小屋に近づくだけで体を傷つけてしまうのではないかと心配になるほど暴れまわっていました。その当時、相当幼かった僕にしてみれば、安全な場所にかくまってあげ、餌まであげているのにどうして懐いてくれないのか疑問でなりませんでした。
それぞれのウサギを飼っていた時期はそれほど長くありませんでした。どういう経緯だったか正確には覚えていませんが、2羽とも1年経つか経たないうちに死んでしまいました。どちらかは寒さのせいだったかと思います。大雪が降った日で、一旦は段ボール箱に入れて家の中に入れてあげたのですが、ぴょんぴょん跳ね回って箱から逃げ、家の中を荒らし回ったので結局小屋に戻したのです。おそらくその頃には野生動物としての耐性を失っていたのでしょう、本来であれば耐え凌げるはずの寒さに屈してしまったと思われます。もう一方はどうだったか、かすかな記憶すらありません。
でも、幼いながら学んだことは大きかったです。パンダウサギが死んでしまった時は、悲しくて家族の目から逃れるようにして泣きました。初めて自分の身近で命が失われたなんていう事実に気づかないほど幼かったのですが、お気に入りのおもちゃや遊び場所を奪われることよりもはるかに深い喪失感に包まれ、数日落ち込んでいたということを覚えています。ウサギが死んだ原因はどこにあったのか、なんてことを自問自答できるほど成熟していたら、次のウサギはもっとうまく飼育できていたのかもしれません。でも、もしそうだったとしても「動物を長生きさせる方法」を模索することはしても、「動物と共生する意義」について考えることはなかったでしょう。ウサギを飼っているということは、単に僕にとって友だちに対する自慢の種の域を出ることはなかったのですから。
「動物と共生する意義」。すごく難しいテーマだと思います。自宅で動物を飼っている人はもちろん、たまに動物園に行って珍しい動物を見るだけも人も、このことについて深く考えたことはあまりないでしょう。可愛いから、寂しいから、心を落ち着かせたいから、家族が欲しいから。理由はさまざまでしょうが、動物をペットとして飼うことで生活にプラスになり、他人の痛みがわかったり命の尊さを理解できたりする。これはこれで意義があると言えるでしょう。でも、僕のウサギのように、死なせてしまうまで見世物でなかった場合、「共生」などと言えるはずありません。動物にとってみれば、生還することのできない監獄に入れられたことと同じで、見方によっては虐待とすら言えるでしょう。そもそも共生とは、単にひとつ所で一緒に暮らすことのほか、互いに補い合いながら生きていくことも意味するのですから。
もともとまったく違う環境で生活してきた者同士、共生することは難しいに決まっています。人間同士でもバックグラウンドが異なれば対立が起こるのですから、人間と他の動物ならなおさら。そうなると共生する意義なんて見出せません。一方の環境に他方を強制的に引き込もうとすると、必然的に対立が起こります。だから「畏敬」の度合いが試されます。無理やり首に縄を付け、餌付けして手なづけることが本当に共生なのか、考えるまでもないことだと思います。