海辺の家

(2001年 / アメリカ)

余命3ヶ月と宣告され、働いていた建築事務所も解雇されてしまったジョージ。彼は海辺に建つ家の改築を通して自分の人生を見つめ直し、不良息子のサムと向き合う。

父親の人生とはその生き様を息子へ継承する過程のこと

海辺の家

使い続けてきた車を新しいものに替える、トレードマークだったメガネを替える、住み慣れた家を壊して新しく建て直す。こうした行動の裏にある意図というのは、心理学を駆使した分析を試みることはせずとも、容易に読み解くことができます。その想定しうる意図とは「これまでの自分自身から脱皮して新しい自分になりたい」ということ。専門家の診断を仰ぐまでもなく、ほぼ正解だと思います。以前までの自分を毛嫌いしていて心機一転を図りたかったからか、新しい環境に順応していくために自分を変える必要性に迫られたからなど、さまざまな理由はあれど、持ち物や住む場所、イメージを一変させることで別の人間に生まれ変わりたいという動機はよく理解できます。しかし、こうした単純なプロパティ変更だけでは意図した目的通りにはならないことが一般的なようです。

新しい自分になる、もしくは変えるということは、ただ周辺環境を変えるだけで成し遂げることは難しく、まず「自分自身を受け入れる」ことから始めなくてはならないのだそうです。そのためのステップとして挙げられているのが「心に空きスペースをつくること」と「自分を変えようとしないこと」のふたつ。それぞれ要約すると、ひとつ目がネガティブな感情で満たされた心を整理して自分を変える準備をすることで、ふたつ目が自己否定から始まる自己変革は無意味だということを理解して自分自身を受け入れる下地をつくるということです。要するに、新しい自分になるということは、まず自分自身と見つめ合う時間をたっぷり取ることから開始し、余裕のできた心のスペースに徐々に新しい要素を入れていって調和させていく作業のことを言います。それゆえ、ただの思いつきで自分自身を変えることなどできるはずがないのです。

この映画は、離婚して独り身の主人公ジョージが、職場を解雇されたうえ余命3ヶ月を宣告されるや、実の息子サムと共にかつて暮らした家を建て直すというストーリー。サムは元妻に引き取られ裕福な継父たちと一緒に別の家で暮らしていますが、髪を青く染めたりマリファナを吸ったり顔に化粧をしたりの不良少年。夏休みは友だちと遊び暮らす予定でしたが、無理やりジョージの手伝いをさせられることとなり、その不本意さでジョージに反発しまくります。しかし、ジョージとの共同生活や隣家に住むアリッサとの恋愛を通して、次第に心境が変化。その姿は母親や弟たちだけでなく近所の人たちにも伝わって、いつの間にか改築を手伝う人が増えていきます。そんな中、サムはジョージの余命のことを知り、「なぜ教えてくれなかったんだ!」と怒り狂い、その感情がジョージへの愛情から来ていることを悟るのです。

なぜジョージは余命いくばくもないのに家を建て替える決心をしたのでしょうか。劇中では、父が嫌いだったのでその記憶が染み付いたこの家を壊したかったと言っていましたが、本心、といいますか父親としてのジョージがやり残したことを息子のサムに継承させたかったのだと思います。父親というのは自らの人生で成し遂げられなかった夢を息子に託すものです。突然押し付けられた息子にしてみれば迷惑な話なのですが、継承されていく過程を通して息子は父親のことを理解するようになります。それは「父親は自分と似ている」ということです。父親がその人生で体験してきた成功、自信、失敗、後悔、そしてやり残したこと、すべてが自分と似ていると理解するのです。もちろん、瞬時にして誰かを理解することなどできませんが(映画なのでそこは目をつぶりましょう)、サムはジョージこそが本当の自分を愛してくれている父親であることを悟り、ジョージがやり残したことを受け継ぐ使命を固めたのです。

映画の終盤で、サムが家の建つ崖の上から海に飛び込むシーンがありました。おそらくこの瞬間だったのでしょう。サムはジョージそのものだと気づいたのは。だから、おそらくこれからサムも息子を持つ父親になった時、ジョージと同じ苦悩を味わうだろうことを理解し、それを受け入れ行動に移したのです。ジョージが家を建て直したい、やり残したことを達成したいと思った動機は、サムにジョージ自身を継承してもらうための布石だったのでしょう。

自分自身を変えることは「自分自身を受け入れる」ことだと紹介しましたが、この映画を観ているうち「自分自身を愛してくれている人に気づく」ことこそ一番の近道なのではないかと思いました。また、スーパースターになりたいと願うことだけが自分を変える動機になり得るのではなく、もっとも身近な人の思いを継承してその思いを後世に伝えていくことの大切さに気づくことこそ、人間が生活を継続していく上での最良の着地点なのだとも思います。それに気づかないうちは、安易な思いつきで新しい自分になりたいなどと考えないほうがいいのかもしれません。


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