預言者

(2009年 / フランス)

無学で身寄りのない19歳のアラブ系青年マリクは傷害罪で禁固6年の判決を受け、中央刑務所に送られてくる。刑務所の中は様々な民族や宗教が入り混り対立し合うモザイクの様相を呈していた。ある日、マリクは刑務所内の最大勢力であるマフィアのボスから囚人の1人を殺すよう依頼されるが―。

宗教がかった映画を楽しむためには

この映画はフランスにある刑務所を舞台にしており、アラブ系、イタリア系、コルシカ系など、さまざまな民族が派閥を形成して衝突を繰り返している中、主人公のマリク(アラブ系)が入所してくるところから始まります。ある日、囚人の中でも幅を利かせているコルシカ系の大物セザールに目を付けられたマリクは、同じアラブ系の囚人を殺すよう依頼を受けます。戸惑うマリクでしたが、報酬やその後の自分の立ち位置を考えた末、承諾。殺人に成功すると、セザールからの覚えがめでたくなり次々と任される依頼をこなしていくうち、次第にマリクの存在感が増していきます。さらに、入所当初は読み書きすら覚束なかったものの、所内で学習を重ねていくにつれ、賢さや冷静さも兼ね備えていくのです。セザールからの絶大な信頼のもと、外出日も娑婆に出てセザールのために働くマリク。しかし、このままずっとコルシカマフィアの手足となり使い走りで終わっていいのか。腕ひとつでのし上がることができる刑務所内が世界の縮図だとすれば、自分にだってそれは可能なはず。マリクはまるで天からの啓示でも受けたかのように行動に移します。

預言者といっても、人の未来を言い当てたり仕事運や恋愛運を見定める、いわゆる占い師のことではありません。神と接触し、直に聞いた神の言葉を人々に伝え広める(とされる)者のこと。ユダヤ教におけるモーセ、キリスト教におけるイエス・キリスト(ただしキリスト教ではイエスを預言者ではなく神の子にして救世主であると信じている)、そしてイスラム教におけるムハンマドがそれに当たります。で、この映画では、主人公のマリクをムハンマドに見立てて話が進んでいきます。西暦570年にメッカで誕生したムハンマドは幼少期までに父と母を亡くしたため、叔父に育てられます。読み書きを習わずに育ちましたが、成長するにつれ正直さや信頼性、寛大さ、誠実さといった徳の高さで知られるようになります。そして、天使ガブリエルを通して神から最初の啓示を受けたのが、40才の頃。啓示は23年間続き、それを集大成したものがコーランとなります。このコーランを唱えながら布教活動を行いますが、迫害や弾圧を受ける毎日。622年、ムハンマドはメディナへ移住。その地で爆発的な信者を獲得し、630年にずっと敵対してきたメッカを征服。631年にはアラビア半島を統一しました。

このムハンマドのストーリーをなぞるようにしてマリクが描かれています。と言っても、僕は映画を観終わってからネットで調べて「あぁ、そうだったんだ」と気づいたにすぎないので、イスラムの成り立ちを映画に置き換えながら鑑賞できたというわけではありません。イスラム教は特にそうだと思いますが、比較的馴染みのあるキリスト教でも、その教義や習慣、歴史などに突っ込んだ描き方をされると、途端に「意味わかんねー」状態になる方が多いことと思います。日本では憲法で信教の自由という自由すぎる、いや緩すぎる規定的なものがあることで、特に宗教的なものを意識せずとも普通に生活できてしまう国です。お寺や神社に参拝しに行くのは元日やお盆などの特別な時だけだし、日常的に仏壇に向かってお経を唱えたり神棚に二拝二拍手一拝する人も多くはないことと思います。また、テレビや映画でお寺や神社が出てきても、単純なワンシーンに過ぎず、そこに宗教的な含蓄はありません。なにせ、日本人は、クリスマスやハロウィーンでさえ宗教的な意味合いを取り除いてお祭りにしてしまう民族ですから。だから、この映画のような宗教的な含意がある作品については、あらかじめ予備知識をつけてから観るというワンクッションを置くほうがいいかもしれません。ネタバレが嫌だという人もいるかもしれませんが、そもそも宗教とは普遍的なものだというスタンスなので、隠し通すものではありません。逆に何もわかってないと、僕みたいに「なんだこれ?」となってしまうこともあるのでご用心。


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