逃走車

(2013年 / アメリカ)

南アフリカ共和国を訪れたマイケルは、レンタカーで元妻のもとへ向かう。すると車中にあった携帯に刑事と名乗る男から電話が入り、「配車は誤りだった」と話し…。

立ち止まれないヨハネスブルグ、立ち止まれる日本

南アフリカ共和国の最大都市ヨハネスブルグは、世界で最も治安の悪い犯罪都市のひとつであることはご存知かと思います。その背景は、やはり貧困。アパルトヘイト廃止後、職を求めて国外からの不法入国者を含む多くのアフリカ系とカラードが一挙に流れ込みましたが、黒人に対する差別的な教育環境のため彼らは職を得ることができず、結果として彼らの一部が犯罪へと走ることとなり治安は急速に悪化しました。これを嫌った白人富裕層はヨハネスブルグから近郊へと移住し、こうした悪循環でますます仕事の機会がなくなり、ついには街の一部(ヨハネスブルグ中心部等)は完全にゴーストタウン化。以後、殺人や強盗、強姦、麻薬取引など、ありとあらゆる凶悪犯罪がはびこる街として世界にその名を轟かせることとなったのです。

たしかに、ネットでヨハネスブルグの治安を調べてみると、外出して5分後には血まみれで戻ってきたとか、バスに乗ったら乗客全員強盗だったとか、宿から出たすぐのところで白人が頭から血を流して倒れていたとか、とにかく「治安が悪い」どころではない、世紀末的な荒廃した修羅場を垣間見ることができました。こんな状況なので、お金を積まれても行きたいとは思わないのですが、2010FIFAワールドカップの治安対策により徐々に改善されていっているとのことで、観光客が被害に遭うケースは稀だそうで、日本からの観光客への被害はここ数年でもゼロなんだそうです。外務省が出している渡航勧告でも、ヨハネスブルグは「十分注意してください」で特別な注意を喚起するだけで最大レベルの警告ではありません。とはいえ、ダウンタウンやヒルブロウ地区など現地人でも立ち入らない危険なエリアは避けるなどの自己防衛は必要ですが、それはどこの国に海外旅行する際も気をつけなければならないこと。だから、一般的な用心を怠らなければ、ヨハネスブルグは身構えるほど「危険都市」とは言えないのが現実のようです。

そうは言っても、一度染み付いてしまったイメージはなかなか抜け切らないもの。旅行かビジネスでヨハネスブルグの空港に降り立った外国人(特に欧米や日本など裕福な国から来た人)は、真っ先にぼったくりタクシーのカモにされ、運良くそれを乗り切ったとしても一旦街の中に足を踏み入れれば、その瞬間にナイフや銃で武装した強盗団によって身ぐるみを剥がされる。そして、少しでも抵抗すれば即座に殺される。こうした、うかつに街中で出られないイメージをうまく利用したのが、この映画だと言えるでしょう。空港でレンタルした車が手違いであったため騒動に巻き込まれてしまった主人公は、大使館にいる元妻の身を案じながらも、後に引けなくなってしまいヨハネスブルグの街じゅうを車で駆けまわる。車は近代的な繁華街やビジネス街だけでなく、ひと目で凶悪犯罪の巣窟であると見分けがつくスラム街も通ります。下車することはもちろんできず、停車してもナイフを持ったゴロツキが財布をせびってきます。だから、主人公は車を走らせることしかできないのです。

そう言えば、かつて僕が東南アジアをバックパックで旅していたとき、チャーターした車でラオスを移動中、山道の入口辺りで巨大な肉切り包丁と猟銃で武装した男を見かけました。車の運転手が彼にタバコなどの賄賂(だと思いました)を渡して通してもらいましたが、僕がこれまで海外で体験した危険な場面というのはこれくらい。ヨハネスブルグの「死」と隣り合わせの治安状況と比べたら可愛いほうだと思います。ヨハネスブルグでは赤信号で停車すると強盗に襲われるため、誰も信号に従わないという事例があるとのことです、この映画の舞台をここに選んだのも、主人公が車中に缶詰にならざるを得ないシチュエーションを構築するのに絶好のロケーションだからなんでしょうね。赤信号で止まらないと(社会通念を守らないと)生きていけない(他の人からそっぽを向かれる)日本に生まれたことを本当に感謝しています。


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