人生はビギナーズ

(2010年 / アメリカ)

アートディレクターのオリヴァーは内向的で真面目な38歳の独身男。ある日、彼はガンを宣告された父・ハルからゲイであることを告白される。

自分を許可する勇気

「人生はやり直せる」「いつでもリセットして、一からまったく新しい人生を歩むことができる」。なんて、よく聞くセリフだと思います。人生のどこかで大きな挫折に打ちひしがれたり、自殺したいくらい絶望的な状況に追い込まれたりしている人に対して、励ましの意味でかけてあげる常套句と言っていいかもしれません。人によっては、気休めに聞こえたり、その場限りのお情けに思われたりしますし、かなり深みのある人生経験者じゃないと意味が薄れてしまうので、安易に口にすべき言葉ではないことは確かでしょう。ひとりでは背負いきれない借金を抱えてしまっただとか、故意ではなく人の命を奪ってしまった人を前にしていると想像してみてください。とてもじゃないけど、そんな無責任なこと言えないと口をつぐんでしまうことと思います。なぜなら、「やり直す」とか「リセットする」といっても、それまでの経歴や性格をきれいさっぱり捨て去って、まったくの別人格に生まれ変わるというわけではないですし、犯してしまった罪や過去に対する後ろめたさは思い立ったらパッとなくせるものでもないからです。

そうはわかっていても、いまの自分自身から目を背けたくなる瞬間はいつだって訪れます。自分に満足がいかない。自分が嫌でしょうがない。生きる目的が見つからない。何をやってもうまくいかない。どんなにポジティブな人だって、こうした苦しみで頭を抱えることはあります。では、そういう人たちはどうやって苦悩を乗り越えて人生の軌道修正ができたのでしょうか。まず自分を見つめ直すことから始めるといいます。自分に自信がないとか目的が見つからないというのは、ある意味で自分自身をよく理解しているということ。でも、その事実に気づかないがゆえに感情をコントロールできていないことが原因としてあげられます。「人生をやり直すためには自分を許可する」。つまり、そうやってあれこれ思い悩んでいることが自分自身なのだと認めることこそ、人生リセットの最短ルートなのです。どんなに大金持ちになりたくても、どんなにプロスポーツ選手になりたくても、どんなにスーパーアイドルになりたくても無理なものは無理。自分の身の丈を知って、自分なりの幸せを幸せと思うようにしよう。人と比べてどうこうするのはやめようということです。

この映画のタイトルに込められた意図は人によってさまざまな解釈があるでしょうが、僕は、人生とは気持ちの持ちようでいくらでもやり直しがきくものなんだなと感じました。主人公のオリヴァーは40近くになったいまも対人的に心を開くことはせず、ずっと独り身でいる。その背景には、お互い何かを隠し合いながら夫婦生活を続けてきた両親を見て育ってきたことが大きく影響していたのです。そんなオリヴァーでしたが、妻に先立たれた父からゲイであることを伝えられます。そんな素振りは一切見せてこなかった父に当惑するも、ガンを宣告されたにもかかわらず父が男の恋人と幸せにしているのを間近にして、何かに気づき始めます。本当の自分を許可して残された人生を謳歌している父を前に、オリヴァーも自分を許可すべきときなのではないかと。少年時代、つれない態度で形だけのキスやハグをしていた両親の姿を懐疑的な表情で見つめながら、それが夫婦なんだと思い込んだ記憶をリセットし、自分が幸せだと思える男女関係というものを追い求めてみようかと。犬と会話できるくらい自閉気味ではあるけど、もっと人間らしく生きてみたい。とはいえ、人間は不器用な生き物なので、思い通りに進まないことがほとんど。本当に幸せになりたいのか、実はもう幸せなのか、いまいちはっきりしないオリヴァーの生き方に、自分自身を重ね合わせる人は結構いるんじゃないかなと思いました。


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