三国志英傑伝 関羽

(2011年 / 中国)

劉備軍の武将であった関羽は敵である曹操に捕らわれていた。関羽は捕虜になりながらも、『白馬の戦い』で劣勢だった曹操軍の手助けをして勝利を呼び込む。曹操は様々な手を尽くし、“義侠心”を重んじる関羽に再三配下に入るよう説得するが、関羽は断固として劉備の元へ戻ることを願う。

多次元的な創作こそ英傑の証

日本人の三国志好きはもう語るまでもないでしょう。漫画やゲームでは三国志を扱ったタイトルが山ほどあるし、本屋に行けば数多くの関連本を手にすることもできます。また、知り合いの中で必ず3人は三国志ファンがいるはずです。三国志に染まるのは中学か高校くらいの少年期で、その多彩なキャラクターと壮大なストーリーの虜になるという過程は、もはや大人への通過儀礼と言ってもいいかもしれません。かくいう僕もそうした三国志ファンのひとりで、中学生の頃に吉川英治著『三国志』全八巻を文字通り寝食忘れて貪るように読みふけり、周囲で量産されつつあった三国志フリークの仲間入りを堂々と果たしたものです。ただ、そういうフリークの中には、武将の名前と字(あざな)を完璧に覚えていることを鼻にかけて居丈高になる人が多かったことにかなり閉口しましたが。

では、なぜこうまでして三国志は日本人、特に若い男子の心を捕えて離さないのでしょう。身近に三国志を題材にしたゲームや漫画が豊富にあるからというのは結果に過ぎません。原因は明らかに、三国志全編を通して描かれている「義侠」の精神に感化されるからです。もちろん、三国志(正史としての三国志ではなく小説としての三国演義)の魅力は、天下無双の豪傑、知略を縦横無尽に巡らす軍師、奸計で敵を罠にはめる謀略家、人徳で仁政を施す人情家、利を求めて主君をコロコロ変える日和見主義者など、個性豊かな人物が怒涛のごとく登場するのもその理由のひとつです。また、数十万人規模で行われる圧倒的スケールの合戦が続くこともそうでしょう。ですが、その数えきれない魅力の底流にあるのが「たとえ生まれた時と場所は違えど、死ぬ時は一緒」という桃園の誓いで示された義侠の精神なのです。

その代表的人物が、関羽です。中国には武侠と呼ばれる武術・任侠をテーマにした作品は数多くありますが、その中でも関羽ほど人情味あふれる武人はいないでしょう。現に、中国では神格化されており、強さだけでなく信頼の象徴として特に商売人に好まれ、各地にチャイナタウンに関羽を祭った関帝廟があるのはよく知られたことです。僕も中国各地を旅していた時、真っ赤な顔をした関羽の像をしばしば見かけました。日本では、敵の策略にかかって命を落とした関羽より、最後まで超人ぶりを発揮した諸葛亮や趙雲などのほうが好きという人も多いですが、それでもやはり三国志を読んだ日本人なら誰でも、どの登場人物よりも関羽にシンパシーを感じると思います。

なぜかと言われても困ってしまうのですが、忠臣蔵が嫌いでなければ関羽が持つ奥深い魅力に気づこうものではないでしょうか。並み居る豪傑を一刀のもとに切り捨てる剛力の持ち主でありながら、千載一遇の好機でもその敵が恩義を受けた相手であったら逃してやったり、敵の策略にはまっても降伏することなく最後の一兵になるまで戦ったりする彼の姿というのは、日本人が理想とする男子の姿そのものなのですから。関羽はもちろん漢民族であり日本人はないのですが、かつて国の誇りをかけて戦った同胞の姿と彼をダブらせてしまうのは僕だけではないでしょう。かつての中国、といいますか純然たる漢民族というのは孔子や孫子らの思想を大事にした文武両道を是とする民族だったようですが、皮肉にも三国志の時代に人口が激減し、そのかわり中原に流入してきた異民族との交配が進み、自分がやられないために親戚でも敵と見なす社会となってしまったといいます。いまの中国にはもう関羽のような人物は生まれないのかもしれません。

さて、この映画ですが、完全に関羽のエピソードを借りた創作です。エピソードと言っても史実とは多分にかけ離れたものではあるのですが、それでも一般的な認識としての関羽とはちょっと相容れない感じです。見せ場のバトルシーンはいいのですが、それより主君の妻との恋愛沙汰をメインにお伽話チックに描かれているので、今風の二次創作と言っていいかもしれません。これに対してイメージを壊すなと憤る人もいれば、こういう関羽もあっていいじゃないかと寛容になれる人がいると思います。僕は後者です。関羽の魅力は、義理・人情であるとともに、人間臭さでもあります(それも日本人好みの)。こういうイメージを崩さない限り、関羽ものの創作は何回でも観たいなと思います。


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