潜水服は蝶の夢を見る

(2007年 / フランス・アメリカ)

ジャン=ドミニクは「ELLE」誌の編集長として、幸せで華やかな人生を送っていた。ところがある日突然、脳梗塞で倒れ、「ロックト・インシンドローム(閉じ込め症候群)」になってしまう。身体的自由を奪われ、唯一動くのは、左目だけ。

潜水服の重さこそ人生の重み

小学校3年生か4年生の頃だったかと思いますが、友だちと小学校近くの公園で遊んでいた時のことです。その公園は野球場とサッカー場が併設された地区でいちばん大きな公園で、休日はもちろん、平日でも放課後ともなればそこかしこから子供の甲高い声が聞こえてくるほど人気の場所でした。そこはどちらかと言うと運動場がメインで、ブランコやジャングルジムなどの遊具が設置されたエリアはやや離れた小高い丘の上にありました。とは言え、僕が生まれ育った地区は山を切り開いた台地の上にあったので、小高いと言っても傾斜に慣れている僕らには丘でも何でもなかったわけですが。さて、その公園で遊んでいた時のことですが、ふいに僕の体が土管の中にずっぽりと入り込んでしまい抜け出せなくなってしまったのです。

幼稚園児が対象のものだったのでしょうか。大人でも入れるくらい直径が大きな土管に並んで、いくつかサイズのバリエーションがあったのですが、その中でも群を抜いて小さな土管が脇に置かれていました。いや、群を抜いて、なんて表現が大げさすぎるほど目立たずひっそりと置かれていたので、知らない人が見たらただの腰掛けに映るかと思います。もしかしたら、幼稚園児だって興味を持って近づくことはなかったかもしれません。いま思い返してみれば、バカらしいの一言で終わるのですが、こんな土管に無用な関心を持って遊んでやろうと上から目線で体を横たえて潜り込んだのが間違いの元でした。

恐怖。とにかく恐怖でした。当時はかなり痩せていたほうだったので単純に頭が入れば抜け出せるとばかり思っていました。しかし、頭から入って肩をうごめかせながら前進していくうち、その肩が動かせなくなったことに気づきました。前進は不可能になったので後退しようと思いきや、両肩が挟まり込んでしまっていて身動きが取れなくなってしまったのです。折悪く、友だちはその場にいませんでした。全身からサーッと血の気が引いていくのがはっきりとわかりました。もう出られない。そう悟ると、今度はつま先まで引いた血が逆流してきて、鼓動が一気に早くなり頭の中がカッと熱くなりました。どうしよう。助けを呼ぶにも声が出ません。いや、呼吸ばかり早くなって人を呼ぶことすら考えにも及びませんでした。声が出せない代わりに、涙がボロボロとこぼれました。

どうやって助かったのか覚えていませんが、そばには友だちと大人がいました。後で聞いた話では、僕の惨状を知った友だちが最初救出しようと手をつくしましたがダメで、ちょうど犬の散歩で近くを通りかかった大人の人に来てもらい助けてもらったとのことでした。僕は、生きた心地がせず激しい鼓動も収まらぬままその人に何度もお礼を言いましたが、その実、愚かにも頭の中ではその人が学校の担任の先生じゃなくてよかったということでした。

この映画の主人公ジャン=ドミニクは、まさに小学校3、4年時の僕が土管の中に塞ぎ込まれたような境遇に置かれます。有名雑誌の編集長であったものの、突然の脳卒中で全身が動かなくなるという症状に見舞われてしまいます。言葉はもちろん、ジェスチャーで意思表示することもできません。唯一動かせるのは、左目のみ。ジャン=ドミニクは、言語療法士の助けを借りながら、目の瞬きで会話をするという訓練を積んでいき、やがて念願だった本を著すまで命を紡いでいきます。

重い潜水服を着た自分が深い海の底へと沈んでいくのがジャン=ドミニクのリアルな心情であり、硬い殻を破って羽化する蝶のようにいつか羽ばたきたいと願うのが希望であるとするなら、彼の運命は不幸でなかったことになります。いや、むしろ重度の障害を負ったことが人生の転機となったといえるかもしれません。ただ、子供ながらに底知れぬ深い絶望に陥った僕が思ったのは、「もうダメだ」という諦めの気持ち。希望を放棄し、瞬間的ではありますが死を覚悟した、あの幼い頃の記憶はいまでもトラウマとして残っています。死を思うほどの絶望に見舞われた時、人は希望など思うことはできない。こう考えると映画って夢があって素晴らしいなと思うのですが、この映画が実話を基にしていると知ると、つくづく僕自身の人間の小ささにため息をついてしまうのです。


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