大統領の料理人
(2012年 / フランス)片田舎で小さなレストランを営むオルタンス・ラボリがスカウトを受け、連れて来られた新しい勤務先はエリゼ宮。そこはなんとフランス大統領官邸のプライベートキッチンだった。
フランス料理の真髄とは
その国名を聞けば、条件反射的に料理を想起するほど、食文化が豊かなフランス。バリエーションが豊富なだけでなく、日本をはじめ各国の公式晩餐会でも取り入れられていることからもわかるように最高級のおもてなし料理として認知されている向きもあります。僕は完全に庶民派なので本格的なフランス料理は食べたことがなく、またパリに行ったときもスーパーで食材を調達するのみでレストランでは食事しませんでしたが、フランス料理に対する畏敬にも似たイメージは持っています。なんと言いますか、イタリアのピザやパスタのような日本でも一般に親しまれている料理と言うより、ここ一番で誠意を示したいときのように気軽には味わえない敷居の高さを感じます。それは外交の場の公式料理として食されているということもそうですが、メディアでの取り上げ方がやたらと持ち上げたものになっていることに影響されているからなのかもしれません。ただ、そうは言っても、すべてのフランス人が毎日、宮中晩餐会で出されるような豪華絢爛な料理を口にしているわけありません。食文化が豊かなであるということは、当然のことながら郷土料理や家庭料理も豊かであるはずです。
調べてみたところ、フランスは15世紀頃までは王侯貴族も手づかみで食事するような美食とは縁のない国だったのですが、イタリアからカトリーヌ・ド・メディシスが王室に嫁いできたときに大きく変わったとのことです。その後、ブルボン朝の宮廷貴族たちが優秀な料理人を雇って厳選食材や珍味を使った料理を競って作らせるようになり、フランスの美食文化が開花。フランス料理はイタリア、スペイン、トルコ、モロッコなどの料理の影響を受け、また日本の懐石料理の要素も取り入れ、「ヌーヴェル・キュジーヌ」と呼ばれる、さらっとしたソースや新鮮な素材を活かした調理を創造しました。こうした歴史的背景のほか、豊かな土壌、気候風土に恵まれていたこともあり、宮廷から伝えられた調理技術を用いながら、各地域の特産物を活かした郷土料理が庶民の間で受け継がれてきたとのことです。真鴨や雉、野兎や猪、鹿などの肉料理が人気のイル・ド・フランス地方、牛や雄鶏の赤ワイン煮込みが有名なブルゴーニュ地方、カマンベールチーズで知られるノルマンディー地方、トリュフやフォアグラの名産地となっている南西地方など、やはりフランスはどの地方に行っても隙きがありません。
料理の基本は前菜、メイン、デザートの構成で、前菜はあまり重くなくすぐに食べられるもの、メインは肉や魚の料理と野菜などを使ったつけあわせが一緒にひとつの皿に盛られ、その後デザートに甘いものが一皿ずつ順番に出されます。なんかこの時点で僕なんかは尻込みしてしまうのですが、そういう人には「グランメゾン」や「レストラン」と呼ばれる高級店は避け、「ビストロ」を選ぶほうが良いそうです。ビストロとは、もともと居酒屋という意味で、テーブル同士が接近した家庭的かつにぎやかな店が多い料理店のこと。いわば大衆食堂ですかね。定番料理として、シャルキュトリー(ハムなど豚肉加工品)、テリーヌ(パテ)、ニシンのマリネ、バヴェット(ステーキの一種)などがあり、堅苦しいテーブルマナーに悩まされることなく気軽に食事できることが良いところです。常連さんがお店の人に冗談を言ったり、本当のパリの食堂の雰囲気が味わえるとのことです。一口にビストロと言っても、高級店に近いものもあるのでじっくり探してみることも必要となりますが。
さて、この映画は、超高級店仕様の大統領府をビストロ風に変革した実在の女性が主人公。それまで会食の場にふさわしい高級料理のみに腐心してきた厨房を、大統領と直に触れ合って料理を生み出していくスタイルへと変えていきます。映像で映し出された料理一つひとつ解説することはできませんが、たとえ世界レベルのメニューでなくても、主人公が作り料理に手抜かりは一切なく、そのうえで大統領を本当に満足させていたことが印象的でした。大統領にとって食事に儀式的な面があるのは仕方ないことですが、誰だって自分が美味しいと思えるものを食べたいもの。特に食の国であるフランスでは顕著でしょうね。ところで、日本も食文化豊かな国でありますが、安価な牛丼だけで満足できる僕はとても幸福だと思ったりしています。