ONCE ダブリンの街角で

(2007年 / アイルランド)

ある日、ダブリンの街角で、男と女が出会う。男は、穴の空いたギターを抱えたストリートミュージシャン。女は、楽器店でピアノを弾くのを楽しみにしているチェコからの移民。そんな2人を音楽が結びつけた。次第に惹かれあうものの、彼らは互いに断ち切れぬ過去のしがらみを抱えていた…。

アコギに懸けた青春

学生時代、アコースティクギターに打ち込んでいました。特に何かをしたいわけでもなく、日がな一日、何かに取り憑かれでもしたかのように、二万円だか三万円だかで買った安物のギターをかき鳴らしていました。音楽の素養もなく、楽譜すらろくに読めない僕は、初心者向けの教則本と一日中にらめっこしながら、とにかく指を動かして体で覚えることが先決と、慣れないコードに四苦八苦しながら雑音をまき散らす毎日。当時住んでいたアパートは学生専用で畑の中にあり、同じように楽器に夢中の隣人が何人かいたことから、近所迷惑は度外視でよかったということも追い風でした。

そんな毎日が一ヶ月、二ヶ月していくと、初めは押さえるのに痛くて仕方なかったコードもスムーズに押さえられるようになり、だんだんとまとまった音が出せるようになってきました。といっても、簡単なアルペジオやコードをかき鳴らすことしかできなかったため、流行歌の弾き語りばかりしていました。よく歌っていたのがミスターチルドレン。キーが高くて難しかったけど、あの頃は大ブレイクしてから昇竜の勢いだったため、迷わずミスチル一本で行こうと決めたものです。つっかえながらではありましたが、「イノセントワールド」や「名もなき詩」など、彼らの大ヒット曲を中心にだんだんとレパートリーが増えていきました。

しかし、そんなギター漬けの毎日も、大学の進級と同時に東京へ引っ越してきてから、ぷつりと切れていったのでした。1年半ほどだったか、文字通り寝食を忘れて打ち込んでいたのに、まるで水をぶっかけられた蝋燭の火のように、消えてなくなってしまった。その理由として、人が密集した東京の住宅地で好きなようにギターを鳴らすことなんてできないし、そもそも卒業のための単位が足りずそれどころではなくなったということもあります。とにかく、僕のギターはケースに入れられ、押し入れの奥にしまわれたままそれきり陽の目を見ることはなくなってしまいました。

そのとき、僕はまざまざと思い知りました。僕がなぜギターに没頭していたのか、なぜ下手くそな伴奏でこれまた下手くそな歌を歌っていたのか。寂しかった。人恋しかった。だから、そういったネガティブな気持ちを紛らすため、ギターを買った。大声を出して自分の感情をどこかにぶつけられる、もっとも簡単なツールだと信じたギターを買った。熱中しているときは完全に忘れられたけど、そうではないときはふとしたことで「寂しさ」や「人恋しさ」が込み上げてくる。だからまたギターを手にする。この循環により、本当の暴発からなんとか自制することができていたのかもしれません。

でも、いつしか僕は決定的な矛盾に気づく。そんなに頑張ってギター弾いたところで結局、単なる自己満足じゃないか。誰かとセッションして音楽の接点を増やしていくわけでもなく、プロは無理でも将来を考えて本格的に取り組んでいるわけでもなく、好きな女の子に聞かせて好意をもたせるという若者には健全な動機というわけでもない。とどのとまり、僕にとってギターとは、音楽とは、「寂しさ」や「人恋しさ」を忘れるためのその場しのぎに過ぎなかったんだ。これで絶望的になった僕は、再びギターを手にするどころか、人生にとって大事なステップも見て見ぬふりをするようになってしまいました。

この映画は、心の中に横たわる拭い切れない過去を抱えた男女が、音楽を通して惹かれ合いつつも、互いのやり残したことに再び向き合う決意をする過程を描いた物語。ふたりにとって音楽とは度し難い過去からの一時的な非常口にはなっていましたが、最終的にはこの音楽こそがふたりの決意を促した。要するに、ふたりは本気だったのです。音楽もそうですが、それ以前に彼ら自身の人生について。

観終わって、いかに僕自身が自らの人生について本気ではなかったことに気づきました。「大学のときギターやってました」と口では言えますが、それは単に体験的なエピソードであるに過ぎず、しかも僕自身を慰めるため偽り続けていたといったほうが正解なのです。若かったからというのは言い訳に過ぎません。こういった僕の性向は今になっても変わっていないのですから。学生当時の「寂しさ」と「人恋しさ」がどっと押し寄せてきました。すごく胸が痛くなり切なくなりました。でも、人生を反芻させてくれる映画、忘れようとしていた人生の失敗を思い出させてくれる映画、こういう映画こそ記憶に残したい映画と言えるのだと思います。時間をおいてからもう一度観たいです。


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