生きてこそ

(1993年 / アメリカ)

1972年10月厳寒のアンデス山中にウルグアイの学生ラグビー・チーム45名を乗せた旅客機が墜落した。生き残った者たちはいかに死に立ち向かったか ―――

雪山遭難で生き残る絶対条件

生きてこそ

僕は雪が軒下にまで積もる地域の出身でもなければ、年一度か二度の大雪で電車遅延に立ち往生する東京に住んでいるので、特別雪を怖ろしい存在と考えてはいません。いやむしろ、雪の予報が出ると、子供のように胸を躍らせるほどで(さすがに大はしゃぎはしませんが)、何かしらのイベントのように捉えているフシがあります。雪が降ったら、特別の防寒用のコートを着て、普段は使わないニット帽を被り、滑り止めの付いた靴を履く。それに、スキーに行こうかと考えたり、いつもは行かないちょっと高めのレストランで温かいものを食べようかなど、普段からは想像もつかないほどアクティブは発想をしたりしてしまいます。ま、結局実行に移すことはないのですが、まるで雪を一度も見たことのない南国生まれの人のように、雪がもたらす恩恵を最大限楽しもうという気持ちが自然と湧いてくるのです。おそらく、というか確実に、これは雪をクリスマスの演出のひとつみたいなイメージにしか捉えていない人の発想ですね。こんな僕が豪雪地帯に住むことになったら、雪の対する認識を一変させないわけにはいかないことは明白です。

この東京でさえ、雪が楽しいのは降っている時だけです。やんだあと、子供たちは降り積もった雪で雪だるまを作ったり雪合戦をしたり(最近の子はするのかな)、楽しみがまだ残ります。でも、会社勤めをしている大人にとっては迷惑以外の何者でもありません。降雪時、交通機関の乱れで四苦八苦するのはもちろん、降り終わって道路や線路に積雪した状態がもっとも危険です。鉄道会社は線路をメンテナンスしてから安全が確認できてから電車を走らせるので事故を未然に防ぐ体制はできているのですが、雪の恐怖に慣れていない関東人、特に東京都民は凍結した道路への対策を怠っているのが現状。スリップに伴う追突や転倒が頻出するのも当然なのです。かくいう僕も、道が凍結しているにもかかわらず急ぎ足になり、滑って腰を強打したことがあります。幸い、大事には至りませんでしたが、豪雪地帯では屋根に積もった雪が家を押しつぶしたり、除雪車が来ないと家に閉じ込められたままになるとのことなので、いかに僕の雪に対する認識の甘さが窺い知れるというものです。

前述の通り、僕は豪雪地帯の出身でもなければ、スキーやスノーボードもやりません。なので、雪で恐怖したり楽しんだりということを心の底から感じたことはありません。それゆえ、もし雪山で遭難したらどうすればいいか、なんて聞かれても、とっさに答えることはできません。何かしらの事故で、あたり一面真っ白い雪で覆われた光景が広がっていて、ここがどこなのか、どこに行ったら人里に辿りつけるのか知らず、そもそも救助を求めるための機器すら持っていない。自分はいったいどういう行動を取るのか、この時点でわかります。すなわち、パニックになる、ということです。

この映画は、飛行機事故により雪山に不時着し、生き残った乗客たちだけで救助を求めるため、「生」をつないでいくという話です。彼らは雪山に放り込まれたという現実を知った時、当然のことながらパニックになります。彼らは登山のエキスパートでもなければ、落ち着いて現状を見極めるには若すぎる学生たちでした。したがって、サバイバルの基本すら踏襲できないまま時間だけが過ぎていき、事故の怪我や寒さでひとりまたひとりと死んでいきます。そんな中でも救いだったのが、彼らが仲間同士だったということ。たとえ知らない人同士でも極限状態で一致団結することはあり得ることですが、勝って知った仲間同士だったからこそ早い段階で意思統一し、現状に立ち向かうことができた。仲間だからこそ、ずっと緊張を高ぶらせたままにすることなく、気持ちを楽にすることもできたでしょう。登山の鉄則として、「ひとりでは絶対に行かないこと」というのがありますが、雪山遭難も僕ひとりだったら生き残る確率は限りなくゼロに近づくのだろうと感じた次第です。


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