ガタカ

(1997年 / アメリカ)

DNA操作で生まれた“適正者”だけが優遇される近未来。自然出産で生まれ、劣性遺伝子を持つ人間は“不適正者”として差別されていた。そんな不適正者の一人ビンセントは宇宙飛行士になる夢を抱いて家族のもとを飛び出し、優秀な遺伝子を持ちながら事故で下半身が不自由となった若者ジェロームと出会う。

海とは押しとどめられる壁なのか乗り越えるための壁なのか

砂浜に立って波打つ海を眺めながら「この海の大きさに比べたら自分がどれだけちっぽけな存在かわかる」と、しみじみつぶやくシーンが、ドラマや小説などでよく出てきます。こうした時の主人公の心理状態として、何もかもうまくいかずストレスが溜まっていてヤキが回っているというシチュエーションがほとんど。そんな惨めさで押し潰されそうな自分自身も、海の前に立つと、地球誕生時より続いている有給の営みによりすべてを洗い流してくれる浄化作用を感じるのだと思います。僕自身、そういった経験はありませんが、たしかにわかる気がします。理由はいかにせよ、自分自身に腹を立てている時というのは、目の前のことしか見えず大局的視点を失っている時のことです。そんな時、目の前いっぱいに広がる大きな海と対峙すると、それと対比して、いま自分が苦悶している一過性の悩みがいかに小さいことかが手に取るようにわかり猛省とともに心がスッと晴れてくるもの。これは単に面積が大きものを見たら何でも同じ現象が起きるというわけではなく、永遠に繰り返す波のリズムにこそ心の安らぎを得るのでしょう。そういえば、イージーリスニング系とか癒し系と言われる音楽は、波のような規則的なリズムを刻んでいるものが多いですね。

では、海とは人間にとって「押しとどめる」ものなのでしょうか。つまり、激情や絶望を抱いた人に対して、それ以上の悪感情を沸き上がらせるのをストップさせ、瞬間的な爆発を思いとどめさせる存在なのでしょうか。もっと言えば、海は人間にとっての「壁」なのでしょうか。それはそれで正しいと思います。海は物理的にも移動の障壁となり、心理的にも抑止する効果をもたらします。だから、人によっては前進を阻むというストレスの原因となることもあれば、可能性の飛躍を押さえつけられているとして絶望となることもあるでしょう。そのため、人類の歴史は大海を克服する歴史だという説もあるくらい、海を自由に行き来し世界中の金品や珍品を手に入れることは人類の夢でした。それを追い求めることで彼らが属する国家を富ませ、世界を制覇する礎を築いていったのです。スペイン、ポルトガルに始まり、オランダ、イギリスといった海洋国家が東方貿易を通じて国富を増大させライバルを打ち負かし、覇権国家へとのし上がっていった歴史を見てもそれは明らか。とはいえ、個人レベルでは限界があるので、やはり現代に至っても、海とは物理的にも心理的にも、あまりに巨大な存在であることに変わりありません。「押しとどめる」と考えて差し支えないでしょう。

さて、この映画は、SFという体裁をとってはいますが、そこに描かれているテーマは「乗り越える」という人類普遍の命題が象徴的に活写されています。遺伝子操作で欠陥のない完璧な素質を持って生まれたタイプ(適正者)と、何の操作もされずに自然に生まれてくるタイプ(不適正者)。適正者はガタカというエリートしか入れない会社に勤務し、不適正者は欠陥者なので清掃員としてしか採用されません。どうしたところで適正者に打ち勝つことはできません。それはもう生まれ出た時から定められた宿命だからです。打ち勝つことなんて考えるだけ無駄なのです。それでも、適正者に打ち勝とう、乗り越えようとする不適正者のタイプが現れます。彼は、夢破れエリート人生から転落した元エリートからの援助を受け、ガタカに入社し、念願の宇宙飛行士になるため社内でどんどん頭角を現していきます。文脈上、彼は適正者という大海にぶつかっていき、乗り越えようとする不適正者と言っていいでしょう。しかし、本当にそうでしょうか。大きな壁に立ち向かっていこうとする人のことを「不適正」として不良品扱いすることが、本当に適正者のすることでしょうか。完璧な人間がいないのと同じように、「押しとどめ」ようとする存在に対して「乗り越えようとする」人間を不適正と言えるはずもない。闇夜の大海におけるチキンレースのシーンは、それが最も印象的に描かれていたと思います。

海とはかくも、人間という生き物にとって、いろいろな意味で大きな存在であることを知らしめてくれる意義深い作品でした。海の前に立って、自分はちっぽけな存在かと萎縮してしまうか、さらなる可能性を感じ高揚するか。海とはまた、人間の器を測る尺度であるのかもしれません。


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