マスター・アンド・コマンダー

(2003年 / アメリカ)

ナポレオン戦争中の1805年、フリゲート艦サプライズはラッキー・ジャックこと名艦長ジャック・オーブリー指揮の下、フランス海軍の強力な私掠船アシュロンの拿捕命令を受けていた。オーブリーは下士官たちの懐疑的な態度をものともせず、アシュロン号の追撃を続けるが、嵐、それに続く無風状態などの気候によるダメージは船員たちの士気を低下させていく。

船頭無能にして船沈没する

マスター・アンド・コマンダー

どんな組織でもそうですが、リーダーに求められるものは「信頼」。それ以外にありません。この人のために働きたい、この人となら辛いことも共有していけるというような、心的な一体感・連帯感を部下に生じさせられる人がリーダーとして組織のトップに立つと、その組織は必ず目に見える成果を挙げられます。逆にそうでない組織はなかなか成果を挙げられないどころか、どんどん人が離れていき、やがて事業を継続できなくなり崩壊していきます。では、信頼されるリーダーとは具体的にどういう人かというと、「言動を一貫させる」「指示を簡潔に伝える」「部下を信頼し尊重する」「目標を明確に掲げ指針を示す」など、ほかにもいくつかありますが、やはり何と言っても「忍耐」(あるいは「我慢」)。このひとことに尽きると思います。組織ですから構成員同士での不和や葛藤、資金繰り、報酬の配分、モチベーションの維持といった組織内の課題がすべて持ち込まれ、それらを勘案した上でバランスよく解決していかなくてはなりません。苛立ちや不機嫌を部下に見せるわけにはいかないため、ストレスは溜まる一方です。少しでも不安や不信を部下に気取られてしまったら、たちまち組織内の空気が澱んでしまうのですから、僕のような万年平社員がリーダーの心労を肩代わりしてあげられるはずがありません。

でも、そこまで完璧なリーダーなどいるはずはなく、部下のほうでもそれはわかっています。互いの立場を互いに理解し合って程よく折り合いを付けられている組織こそ、うまくいっていると評価できるのかもしれません。もちろん、この関係は船の艦長と乗組員でも同じことです。ただ、大海原を往く船という特殊な環境においては、一般の会社などの組織とは緊張度が格段に違うのではないかと思います。というのも、船という乗り物は陸を離れ、何日も何週間も海のほか何も見えないということはごく当たり前で、本当に目的地に向かっているのかさえ判別つかない日が何日も続くのです。殊に、この映画のように、動力を風としている帆船だと凪いでしまうと、その場に留まって風が吹くのを待たなければなりません(人力で櫓を用いて漕ぐこともできますが)。そのために食糧や水が底をつき、雨を待つことだってあり得ます。そんな時、船長だけひとり贅沢をし、うまくいかないことに腹を立てて部下にあたり、しまいには自分だけ救助を求めて船を脱出しようとしたらどうなるでしょうか。確実に暴動が起きます。それも、狭い船内ですので(潜水艦は特に)、暴動で船が転覆し全乗組員が海に放り投げられ、限りなく死を意味する遭難に追い込まれてしまうことでしょう。こうした状況で、平常心でいて淡々と時機を待つことなんて誰にもできることではありませんが、それをしなければならないのがリーダーなのです。

ここで、韓国南西部の珍島付近で起きた旅客船セウォル号沈没事故を思い出しました。韓国の高校生325人をはじめ、乗員含め476名が乗ったセウォル号は仁川港から済州島に向けて出港した後、屏風島と観梅島の間あたりで突然右に45度旋回して傾き始めました。数分後には90度に傾き、船内に海水が一気に侵入。その後、セウォル号は船首底部を残して沈没しました。この事故で、乗客乗員295人が死亡。ほかにも、ダイバーや消防隊員も犠牲になりました。事故の原因は、船を無理に増改築し過剰積載状態で出港したことが挙げられていますが、それ以上に、船長の事故発生時の行動に多くの耳目が集まるようになりました。船長のイ・ジュンソクは乗客の避難誘導をせず、真っ先に脱出を図ったとのことでした。船内の安全について責任を追うべき船長が我先に逃げたというニュースは世界中を駆けめぐり、韓国人の人間性について不信感が拡大。船長は正社員ではなかったなどの事情はあったにせよ、人の命を預かるという認識の乏しさを満天下に晒し、セウォル号事件は「人災」であったと結論づけられるに至りました。その後、光州地裁で論告求刑公判が開かれ、イ船長に死刑が求刑されました。

人の力ではどうにもできないことはありますが、それでも被害を最小限に抑える努力をすることはできます。ですが、このセウォル号事件では、その努力を指揮すべき船長が真っ先に逃げてしまった。これでは助かる命も助からず、被害を最大限にまで拡大してしまったと批難されても仕方のないことだと思います。リーダーが無能なら船は沈み、組織は崩壊するのです。では、リーダーが有能なら万事うまくいくかというとそうとは限らないところが難しいところ。この映画には英国海軍の英雄・ネルソン提督の話が何度か出てきます。ネルソン提督は、1794年のコルシカ島での陸上戦闘で右目の視力を失い、1796年のカナリア諸島攻略戦で右腕を負傷し切断、そして1805年のトラファルガー海戦でスペインの無敵艦隊(フランスとの連合艦隊)を撃滅するも自らは戦死しました。勇壮な海軍司令官でありながら、部下の将兵を熟知し、部下がどのようにしてほしいと思っているかをよく心得ていたというネルソン。こうした彼の人物像から、組織のリーダーとしての器を見出してみるべきではないでしょうか。


閲覧ありがとうございます。クリックしていただけると励みになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です