アンコール!!

(2012年 / イギリス)

無口で気難しいアーサーは、隣近所でも有名なガンコ者で、息子ともギクシャク。唯一、笑顔を見せるのは、最愛の妻マリオンにだけ。病弱だが陽気なマリオンの趣味は、合唱団で歌うこと。ある日、国際コンクールのオーディションに出場することに。しかし、喜ぶマリオンに、なんとガンが再発したという告知が……。

自分だけの世界から一歩前進するには

アンコール!!

この映画の主人公アーサーは、僕とタイプが非常に似ています。周りと溶け込むことを嫌っていつも単独行動を取る、人からのアドバイスを軽蔑と受け取り意固地になる、俺は誰からも嫌われていると思い込む、家族ですら敵であると身構える。まさに僕そのものでした。一匹狼といえば格好良いのかもしれませんが、接近してくる誰をも攻撃的な眼差しで警戒し、向こうから何か言ってくる前に激しく罵倒して追い返そうとする態度は、孤独という概念を飛び越えた人間性の放棄にもつながり正常な社会生活などできなくなってしまうもの。自分はひとりで生きていけるから誰からの助けも必要ないし、そもそも干渉されたくないという考えで行動するのが普通になっているので、いつの間に、いや必然的に周りから一人また一人と消えていく。この状況は自らがつくりだした結果と理解しているならまだしも、周りの人が愚かだから自分を見限ったと錯覚しているのであれば重症で、僕がそうでありアーサーもそういう節がありました。

でも、こうしたタイプの人に共通の特質があります。「自分だけの世界」というものを非常に強く持っているということです。それは思い込みならまだ可愛いほうで、実際、彼らはその世界、つまり現実から遠くかけ離れた架空の世界に住み込んでいます。この異空間の住人としてのベクトルが良い方向に向かえば小説家や画家、音楽家、クリエイターなどと呼ばれる芸術的かつ創造的な分野で活躍することができるのですが、まったく正反対の方向に向いてしまうとたちまち犯罪者あるいは犯罪予備軍となってしまいます。その良い方向、悪い方向への舵取りは、自分だけの世界と現実世界をうまく調和させることができるかにかかっています。ただ、自活あるいは社会人としての生活を維持できている限りでは、どちらにも触れることはないでしょう。あくまでも、極端な例ですから。

アーサーにとって自分だけの世界とは、妻マリオンとの生活でした。別に普通じゃんと思われそうですが、アーサーの場合はマリオン以外の人との接触を拒絶してきたため、マリオンとの生活の場である自宅をひとりで出ると、周りは敵だらけという環境でした。だから、マリオンが外に出て合唱団に加わってもアーサーは合流することができません。できるのは、そんなマリオンを陰から憎々しげに見つめることくらいです。しかし、そんな中、アーサーに運命の変転が訪れます。マリオンがこの世を去ってしまったのです。アーサーの世界は崩れました。マリオンが待っている自宅こそが彼の世界でしたが、巨大津波が全てを押し流してしまったかのように自宅はもぬけの殻となりました。心が空っぽになり嘆き悲しむアーサーでしたが、彼は自分の世界、つまりマリオンを取り戻すべく一大決心をします。マリオンがアーサーの世界の住人であることを示してくれたお返しに、彼女ができなかったことを彼女の身代わりとしてでなく自分自身が主役となって舞台に上がりスポットライトを浴びることとなるのです。

誰だってそうですが、僕にも自分だけの世界はあります。なんとか社会生活との均衡を保つ努力はしていますが、それでも強い引力に引かれて現実逃避したくなることが毎日毎分ごとにあります。だから、自分の世界が壊れるのが怖いし、壊されるのはもっと怖いです。壊れたらもう逃げ場はなくなるし、唯一の味方もいなくなってしまいます。しかし、壊さないことには、過去に自分から離れていった、もっと大事なものを取り戻すことはできません。自分の世界という安住の地から旅立たないことには、もっと居心地のいい世界を見つけることも、新しい可能性を見出すこともできません。そのための強い原動力となるのが「失うこと」なのかもしれません。人間一度痛い目に遭わないとわからないとは言いますが、まさにそうした強烈なダメージがないと人は目が覚めないものなのでしょう。似た者同士ということもあり、アーサーには強い共感を覚えました。僕自身の人生に反省を促すきっかけとなった、素晴らしい作品でした。


閲覧ありがとうございます。クリックしていただけると励みになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です