あの日の声を探して

(2014年 / フランス、グルジア)

1999年、チェチェンに暮らす9歳のハジは、両親を銃殺されたショックで声を失ってしまう。姉も殺されたと思い、まだ赤ん坊の弟を見知らぬ人の家の前に捨て、一人放浪するハジ。彼のような子供さえもロシア軍は容赦なく攻撃していた。だが、そんなロシア兵たちも初めは普通の青年だった。音楽と自由を謳歌していたコーリャも、異常な訓練で人の心を失っていく。

正気を保っていられることの是非

この映画の舞台となっているのは、北カフカス地方の北東部に位置する、ロシア連邦北カフカース連邦管区に属するチェチェン共和国。人口は約100万人で面積は日本の四国ほど、住民のほとんどがイスラム教スンナ派を信仰しています。1991年のソ連解体において、ソ連邦を構成していた共和国が次々に独立宣言をする中、当時自治共和国だったチェチェンも独立を目指しますが、ロシアは自治共和国を共和国に昇格させても独立は認めませんでした。1994年、国内で独立派と残留派で内戦状態だったチェチェンに、ロシアが侵攻(第一次チェチェン紛争)。この紛争での死者は、チェチェン6~7万人、ロシアは約2万を数えました。一旦は和平合意が結ばれたものの、1999年に第二次チェチェン紛争が勃発。ロシア大統領に就任したプーチンは、チェチェンに激しい空爆を容赦なく行い、首都グローズヌイを制圧。2002年にはチェチェン武装勢力がモスクワ劇場占拠事件を引き起こすなど、紛争は泥沼化。紛争終結後もテロが多発するなど、和平には程遠い状況です。

疑問なのは、どうしてチェチェンのような小国をロシアが手放そうとしなかったのかということです。これにはロシア側の明確な意図があります。表向きは、チェチェンが黒海に面した交通の要衝であるからとか、イスラム国家が誕生することで近隣国家がイスラム化することの懸念、イスラム原理主義過激派が台頭することへの警戒感があったなどとしています。ですが、実際は「石油」です。チェチェンでは石油が出、さらにはカスピ海のバクー油田からの石油パイプラインが通っているので、ロシアとしては石油利権を手放したくない。石油パイプラインの通過料金をチェチェンが獲得したため政治的立場が強まり、ロシアからの独立運動が高まったという経緯もあり、運動が本格化する前に叩いておく必要があったのです。でも、ロシアの石油利権確保の思惑は、結果として現在も続くテロを誘引し、多くの一般市民を犠牲にすることとなってしまいました。

戦争は政治家が始めるものであり、その手段として軍隊が使用される。もはや定説と言っていいと思います。そこには当然一般市民は含まれていないわけで、「一億総玉砕」や「国民皆兵」を体現していない限り巻き込まれる側に回ることとなり、敵軍の侵攻に対してほとんど無力にならざるを得ません。ただ、そうした意味では軍隊、いち兵士も同じなのかもしれません。軍隊は、他国を侵略する軍事力はもちろん、敵からの侵略を思いとどまらせる抑止力、侵攻を防ぎ国土を守る防衛力としての効果も担っています。その軍隊が弱かったら話にならないので、訓練をしたり装備品を最新のものにしたりして軍事力を高めていくのですが、そうした軍隊に志願する人たちは戦場で死にたいがために軍人になるのではありません(そこがテロリストとの違い)。僕ら民間人と同じく、死にたくないのと同時に、人を殺したくないという思いも同様に強いはずです。兵士も一般市民と同じく戦争に巻き込まれる側なのです。でも、どうして戦争が起きると「○○の虐殺」といった集団狂気が起きてしまうのか。敵側に家族を殺された、国土を蹂躙されたなどという、憎しみが先行している場合も考えられますが、戦場という異常な空間における集団心理の暴走が発生するという考え方も否定できないと思います。

この映画はそうした異常空間において、人がいかに変わってしまうかを断片的に表現した作品だと感じました。家族を殺されたチェチェンの少年は、ショックで発話することができなくなり、まだ赤子の弟を抱えて家を出る。一方、純朴なロシア人の新米兵は兵営内での理不尽な扱いにより、次第に狂気に染まっていってしまう。こう書いてしまうと、よくある心理推移のパターンであり、新味が感じられないかもしれませんが、そのへんは実際に映画を観て感じてほしいと思っています。でもやはり映画なので、ご都合主義的な結果となるシーンもあり、おそらく現実ではこうはならないでしょう。もっと恐ろしい狂気がぶつかり合って悲惨すぎる様相を見せつけているはずです。そこには「かわいそう」とか「人権侵害だ」とかいう通り一遍の非難は一切通用しません。いまの日本で生活しているといまいち実感がわかないかもしれませんが、そうした現実に思いを致してみないことには明日は我が身であることに気づく余地すら生まれないでしょう。


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